コロナ相場でしくじり、とりでみなみさんの教訓~第1回
資産半減、億り人陥落の憂き目から生還した「とりでアラート」とは
登場する銘柄
パソナグループ<2168>、セレスポ<9625>、富士フイルムホールディングス<4901>
普段は残業&休日出勤に追われる多忙なサラリーマン。使用中の証券口座のパスワードを忘れること5回以上という、自称「超長期投資家」。投資に割く時間の最小化を図りながら、最大の投資効果が出るよう目指す。長期で伸びそうな産業に着目し、10~20年で株価が上昇する銘柄をじっくり探す。投資歴は17年。200万円を元手に資金を追加しながら、「50歳で資産3億円」を目指している。現在の運用資産は計画より1年遅れだが約1.5億円に。相場が荒れようがその場に居続けることが大切と、足元のような不安定な状況になっても継続投資の姿勢は揺るがない。
「また、暴落してくれないかなぁ。その時はしっかり稼がせてもらうから」
こんな、取らぬ狸の皮算用をしているあなた。喉元過ぎても熱さを忘れてはいけませんよ。
たしかにもう1回チャンスがほしいと思うくらい、振り返ってみれば相場の回復は急ピッチに進んだ。なにせ3月19日に1万6000円割れ寸前まで暴落した日経平均株価は、3カ月ほどで2万2000~3000円に上昇することに。足元は調整気味とはいえ、この急回復から一時は大暴落でパニックに陥ったような人でも、「次に同じことが起きたら、しっかり底値を拾って儲けてやるぞ」と思いたくなるほどとも。
だが本連載で最近登場したDUKE。さんが強調していたように、「暴落時での底値拾い戦略」はご法度だ(参考)。実際、それをやったがために、「資産半減」「億り人から転落」「一歩間違えれば全資産を蒸発」という緊急事態を招いてしまったすご腕投資家さんが存在したのだった。
品行方正な投資家として知られるその人は、こともあろうに信用取引でのレバレッジ投資を駆使して底値拾い・反発狙い戦略に挑戦してしまったのだ。もうおわかりのようにその人とは、本欄に登場したことのあるサラリーマン投資家のとりでみなみさん(ハンドルネーム、以下、とりでさん)だ。
とりでさんは、なぜ信用取引で勝負に出てしまったのか。そして破滅寸前といっても過言ではない状態で踏みとどまり、足元では溶かした資産の多くを回収することができたのか。今シリーズでは4回にわたって、コロナ大暴落でとりでさんが犯してしまったしくじりと、リカバリー劇を紹介する。
いくら立ち直ったとしても、自分の失敗を見ず知らずの人々に晒すのは恥ずかしいもの。にもかかわらず『株探』プレミアム取材班に詳らかに語ってくれたのは、自身と同じような"しくじり経験"する人を少しでも減らしてほしいと願うから。この生々しい教訓は、多くの投資家にとって、とてつもなく貴重なものになるはずだ。
■日経平均株価の暴落のチャートと、とりでさんの主なアクション
注:出来高・売買代金の棒グラフの色は当該株価が前期間の株価に比べプラスの時は「赤」、マイナスは「青」、同値は「グレー」。以下同
暴落時の信用取引で億り人陥落(+_+)
本連載の熱心な読者ならご存じかもしれないが、とりでさんが億り人の称号を手にした根幹にあるのが「ほったらかし投資」だ。主な投資対象は東証1部上場の成長株。狙うのは、長期的に成長が見込めるセクターに事業基盤を持つ企業だ。業績やセクターの動向といったファンダメンタルズを分析し、気長に業績と株価の成長を待つ戦略になる。
これまで値上がり益を獲得してきた銘柄の一例に、株価5倍化に成功したヘルメットメーカーのSHOEI<7839>がある。狙った背景には経済の急成長が見込める東南アジアで、一人あたりGDP(国内総生産)の成長と共にバイクが普及し、そこにメイド・イン・ジャパンのヘルメットの需要が着実に高まると見込んだことにある。
バイクのヘルメットは国内では少子高齢化で需要が先細りすると見られていたが、同社の事業構造を分析すると海外市場でもブランド力が評価されていることを実感した。とりでさんは東南アジア諸国では、経済成長とともに自分の命を守るためにお金をかける人が増えていくと読んだのだ。
このように、とりでさんは業績成長に期待して銘柄を選ぶ投資の王道を歩みながら、資産を積み上げてきた。そんなとりでさんが、その正反対のような印象を持たれがちな信用取引を駆使しようとしたのにはわけがある。
理由その1は、とりでさんが保有する資産の大半を株式に投じるフルインベストメントのスタイルを取っていること。
理由その2は、オリンピックイヤーで関連銘柄の上昇を考えていた中で、当初は多くの投資家がそうだったようにコロナで相場が軟調になり始めた段階では、「この下落で割安になった銘柄をうまく拾えればラッキーだ」という今から振り返れば甘い見通しがあったため。
その1は資金管理上からの動機で、その2は思惑からの動機に分類できる。
想像できなかった担保価値維持の大変さ
まず、その1について説明しよう。
フルインベストメントをしているということは、基本的に手元に遊ばせている現金がほとんどない状態。つまり買いたいと思う銘柄が出てきた場合は、保有している銘柄の一部を売却して購入資金を手当てする必要がある。しかし、株式として保有しているのは、まだ株価が上昇する期待があるからで、売却後に上昇したらその分を取り損ねてしまうリスクがある。
今回とりでさんは、保有銘柄を売却せずに魅力的と思える銘柄を、ここぞというタイミングで手に入れる手段として信用取引を活用した。この取引は、簡単に言うと借り入れ資金で株を売買すること。借り入れられる額は自分の保有する現金もしくは株式や投資信託、国債など代用有価証券と呼ぶ資産を担保に差し出した水準で決まる。
借りられる額は担保評価額の最大3.3倍で、この倍率を梃子から派生した言葉のレバレッジという。ちなみにFX(外国為替証拠金)取引では、最大25倍のレバレッジを掛けられる。このように信用取引は、担保があれば元手より大きい額の取引ができるので、とりでさんのように手元に購入資金がないフルインベスト状態でも、保有株式を売らずに新たな銘柄をポートフォリオに組み入れることができる。
だが、いいとこ取りを容易に許さないのが世の常。持ち金以上の売買ができる信用取引の利便性は、今回のような異常事態には大怪我を負わせる凶器にもなりうる。保有株を担保に入れて借り入れていれば、ほとんどの銘柄が下落に巻き込まれる相場の大暴落時には、担保価値が急激に下がる憂き目に遭うのだ。
必要とされる担保価値より下がってしまえば、その不足分は「追証」と呼ぶ追加の担保(委託保証金)を差し出さなくてはならなくなる。つまり新たに現金、もしくは、まだ担保にしていない株式などの代用有価証券があればそれを追加で差し出す必要がある。仮に期日までに追証を差し出せなければ、信用での建て玉は強制決済に。加えて担保に差し出した現金の回収、ないしは担保の株式も強制売買させられて、借り入れ分の返済に当てられる。
特に担保株の強制売買の場合、どのタイミングでどの銘柄を売買するかは、所有者である投資家の意思とは無関係に行われるため、投資家にとって不利な条件の取引になってしまうこともある。これらの事態は、かつて信用で苦い経験をした人にとって、その恐ろしさや悔しさの察しがつくはずだ。
とりでさんが苦しんだのは、コロナの大暴落の中で通常の下落時とは比べ物にならないスピードで担保価値が下落し、厳しい資金繰りを迫られたこと。それは本人曰く「死線をさまよう」状況だった。
五輪で上昇するとの読みがコロナで玉砕
とりでさんは今年の年初の段階では、こんな地獄に巻き込まれるとは夢にも思っていなかった。自身の投資のスキルアップを図るつもりで少しずつ信用買いを開始、パソナグループ<2168>、セレスポ<9625>など複数の銘柄を試験的に取引し始めていた。これらの銘柄に注目したのが先の理由その2に当たる。
パソナは人材派遣、セレスポはイベント企画と運営を中核事業とする会社で、「今年は五輪関係でマンパワー需要が旺盛になる」という見立てのもと、株価上昇を狙っての行動だ。
ところがそんな調子で少しずつ買い建玉を膨らませるうち、コロナの大暴落が襲い掛かる。初段階で踏みとどまればよかったのだが、暴落のさなかでバーゲン状態に見え、ここぞとばかりに様々な銘柄に買い向かった行動がとどめを刺す結果に。
買ったところが見込み通りの底値とはならず、その後も容赦なく相場は下落。その流れで担保に差し出した銘柄の株価も下がり、みるみるうちに担保価値が不足して資金繰りに四苦八苦する状況に陥ってしまうことに。
とりでさんが本来得意とする現物取引での長期投資なら、割安と思って拾った株が一時的に下がっても「待つ」ことができる。だが借金で株を買う信用取引では、時間の猶予が突然なくなることがある。担保価値が減少すれば、強制決済でゲームオーバーにならないよう、ひたすら担保の追加をしていくという自転車操業を強いられてしまうのだ。
信用の担保にした株式の価値は下がるは、その担保で買った株も下がるは――の急展開の悪のスパイラルで、とりでさんの運用資産も1億6000万円から8000万円に半減。傍目からはまだ資金は十分残っているようにも見えるが、レバがかかっていることもあり、この調子で株価がズル下がっていけば一発で吹っ飛んでもおかしくない状況だった。
治療薬に名乗りを挙げた「アビガン」が、苦境の"特効薬"に
だが「もう一段下がれば"即死"かも?」とも思える土壇場で、とりでさんにとっての神風が吹く。信用買いした株の売却をするという方法で急いでポジションを減らす中、返す刀で新規に信用買いした富士フイルムホールディングス<4901>が、急騰するというサプライズが舞い込んだのだ。
同社のグループ会社が手掛けるインフルエンザ治療薬の「アビガン」が、新型コロナウイルス治療にも有効性が見られたと報じられ、これに反応して買い出動の翌日の3月18日にストップ高になる幸運に恵まれた。
ここでとりでさんは、わずか1泊2日の投資で200万円の利益を得ることに。さらに約850万円の富士フイルムの信用買いのポジションも閉じたため、利益とポジション解消によって信用維持率と呼ぶ借り入れ総額に対する担保額の水準も改善する。
■富士フイルムホールディングス<4901>の日足チャート
これによって危険水準に近づいていた資金状況に好転の光が差し込み、さらに相場の下落に歯止めがかかり始めたことで反撃がスタート。今では8000万円に凹んだ現物資産も1億4000万円にまで回復させることに成功した。
――このダイジェストを見た限りでは、「暴落の中で慣れないレバ投資に乗り出した人が、たまたま運よく爆騰銘柄を掴んで生き残れた」と感じるかもしれない。だが、生き残れたのは運だけではない。
苦しい局面でも学び、絶妙のタイミングで"投資の師匠"から的確なアドバイスを得て実行に移すなど、とりでさんの様々なノウハウを生かした知恵と勇気の結果というのが実際のところだ。
とりでさんはこの修羅場のような体験から、自分への戒めを込め、以下の4つを教訓として指し示してくれている。
1. 信用取引においては、暴落相場に割安銘柄はなし
2. 仕組みやルールを心得ずに勝負することなかれ
3. 資金管理は命綱! マジックナンバーは「66%」
4. 損切りの際は売りだけにあらず
――だ。
※当該情報は、一般情報の提供を目的としたものであり、有価証券その他の金融商品に関する助言または推奨を行うものではありません。