日EU・EPAの戦略的意義?システムを構築するべきか、利用するべきか

経済
2020年7月3日 11時34分

日本と欧州連合(European Union: EU)との間の経済連携協定(Economic Partnership Agreement: EPA)は、2018年7月の署名を経て、2019年2月に発効した。これによって、2020年1月にEUを離脱した英国を除き、総人口約5.8億人(2018年の世界総人口の約7.6%)、名目GDP約20.9兆ドル(2018年の世界の名目GDPの約24.7%)、貿易総額約12.8兆ドル(2019年の世界貿易総額の約34.0%を占める、世界最大級の自由な先進経済圏が誕生した。

外務省経済局が発表したファクトシートによれば、この協定は、2018年7月に署名された戦略的パートナーシップ協定(Strategic Partnership Agreement: SPA)と共に、日EU関係を新たな戦略的水準に高め、質の高い協定として、自由で公正なルールに基づく21世紀の経済秩序のモデルになるという戦略的な意義を持っている。内閣官房TPP等対策本部の試算によると、日EU・EPAは、日本の実質GDPを約1%(約5兆円)押し上げ、雇用を約0.5%(約29万人)増加させる効果が期待されており、EUとの戦略的関係を強化するだけでなく、我が国の成長戦略の重要な柱として認識されている。

EUとのEPAを含め、日本はすでに17の国と地域との間でEPAを締結し、経済成長のためのグローバルなネットワークを構築しているが、今回のEPAでは、成立までに日本が果たした役割にも重要な意味がある。日本とのEPAに決して積極的ではなかったEUに対して、日本は2011年5月から交渉準備を進めている。そして、2013年4月の第1回会合から署名まで、5年以上を要した交渉をうまくまとめあげ、優先事項でもあった非関税障壁の削減と規制協力に関する合意を成立させた。日EU・EPAには、第18章「規制に関する良い慣行及び規制に関する協力」が規定されているが、EUが規制協力に関して独立した章を設けるのは初めてのことだといわれており、規制協力に関する専門委員会も設置されている。

日EU・EPAが成立した背景には、トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」政策による、自由貿易への悪影響が懸念されたことも大きい。それでも、相互の利害を調整して、巨大な自由市場を作り上げることの困難さは想像に難くない。EPAを構成するルール作りにおいて、日本が果たした役割は決して小さくはない。事実、米議会調査局のレポート、“EU-Japan FTA: Implications for U.S. Trade Policy”では、時を前後して2018年12月に発効した、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership: CPTPP)締結の際に、日本が発揮した協調的リーダーシップも評価されている。

このレポートでは、日EU・EPAが、商業的結びつきにとってますます重要性を増している投資、知的財産、デジタル貿易といった分野に影響を与え、今後のEPAの前例を作るのではないかとの指摘がなされ、貿易システムの構築に関する米国の影響力低下が懸念されている。そして、米議会が取り組まなければならない課題として、米国産業が被る競争上の不利益や市場シェアの喪失への対策、今後の貿易交渉の優先順位や進め方とともに、グローバルな貿易ルールを構築するリーダーシップを挙げている。国際社会において、システムのルールを作る側が持つメリットを強く意識した指摘である。

国際社会のシステム構築には多くの時間や労力が必要となり、相応のコストを負担しなければならないが、自国の国益を反映させるチャンスを手に入れることができる。日EU・EPAでは、EUが日本の乗用車に対する関税を7年以内に引き下げるほか、トラック、バス、トラクター、バイクの関税が段階的に自由化され、自動車部品の関税はほとんどが即時撤廃された。日本は、自動車の規制を国連欧州経済委員会(United Nations Economic Commission for Europe: UNECE)の基準にすべて合わせ、自動車の輸出拡大を図った。農産品では、関税割当枠の設定や長期の関税削減期間を確保することによって、急激な輸入を回避した。

その一方で、構築されたシステムに参加する国は、ほとんどコストを負担することなくシステムのメリットを享受することができるが、自国の意見は反映されにくい。CPTPPや日EU・EPAの締結に際して、日本政府がどこまでこれらの点を重視していたかは定かではないが、結果的に日本に有利な状況が創出されていることは確かだろう。今後行われる国家間交渉にあたって、戦略的に取り入れるべき視点の1つではないだろうか。

サンタフェ総研上席研究員 米内 修 防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。

《SI》

提供:フィスコ

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