「DeepSeek」はショックではなく、AI投資のすそ野を広げるきっかけ<大山季之の米国株マーケット・ビュー>

特集
2025年2月4日 14時00分

◆追加関税発動? 就任演説で読み解く「トランプ2.0」への期待と懸念すべきリスク

ついにトランプ関税が発動され、関税の報復合戦が懸念されたが、土壇場で1カ月の延期で合意。一連の動きはやはり、トランプ大統領の強烈なディール外交の一環だったのだろうか。今後の動きが株式マーケットにどのような影響を与えるのか、しばらくは事態を注意深く見守るしかないだろう。いかにも彼は"BIG-G"(「英語版ドラえもん」のジャイアンの表記)だと感じた一コマだ。

ともあれ、それ以外にも大きなニュースが続いた1月の米国株マーケットの動きをまずは振り返ってみたい。これまで2年連続で続いたマーケットの好調が今年も維持できるのかが2025年初の大きなテーマだったが、アメリカの各指標、ISM製造業、非製造業景況感指数が市場予想を上回り、アトランタ連銀の「GDPナウ」もおおむね好調に推移。1月中旬に発表されたバンク・オブ・アメリカ<BAC>、ゴールドマン・サックス・グループ<GS>、JPモルガン・チェース<JPM>といった大手金融機関の決算も好調。なんとなく今年も"アメリカ1強"が続くのではないかというムードがマーケットを覆う中で、注目のドナルド・トランプ大統領の就任式が行われた。

演説を聞いて感じるのは、総じて非常に良い演説だったということだ。バラク・オバマ元大統領のような、格調の高さは感じない。だが、誰が聞いても分かりやすく、明確なメッセージが伝わる演説だった。この中で彼は「7つのスイングステート(揺れる州)すべてで圧倒的な勝利を収めた」と強調し、「アメリカは再び製造業国家となる」と宣言。そのために、「記録的なインフレを打破し、コストと物価を急速に引き下げるために幅広い権限を行使する」とした。この一連の言葉こそが、トランプ大統領のメッセージの核心とも言えるだろう。要するに、彼は自分を勝たせてくれた7州の労働者たちに大きな感謝を寄せている。だから、「国家エネルギー非常事態宣言」を発令し、「ドリル・ベイビー・ドリル(掘って掘って掘りまくれ)」というわけだ。

トランプ政策についてはインフレ的だと言われ、年初に米国債の長期金利が急上昇するなど、マーケットの警戒感は依然として強いが、トランプ演説のメッセージを読み解くと、自分を勝たせてくれた労働者たちのために、「必ず手を打つぞ」と表明しているのだ。いまの景気を考慮すれば、FRB(米連邦準備制度理事会)のパウエル議長の発言の通り、利下げを急ぐ局面ではなく、ある程度金利は高止まりするかもしれない。だが、経済通を要職に配置しているトランプ政権は、マーケットが危惧するような金利上昇は必ず抑えこもうとするはずだ。

いわゆる「トランプ2.0」の成功のカギは、何と言っても生産性の向上に尽きるのではないだろうか。就任演説では支持者向けのメッセージとしてエネルギー政策を前面に打ち出したが、半面、その後の動きを見ても分かる通り、AI(人工知能)などのハイテク重視の姿勢も示している。いかにして新たなイノベーションを生み出していくかという点にも、力点を置いているのだ。そのうえで、生産現場の自動化をこれまで以上に推し進め、労働者のジョブチェンジを迅速に進めること。これが達成できれば、トランプ大統領が宣言している通り、「米国を再び偉大な国にする」としつつ、世界経済にも好影響を与えることもできるかもしれない。

一方、最大のリスクは、「トランプ3.0」があるかもしれないということだ。これは何も憲法を改正して、トランプ大統領が3選する、という意味ではない。トランプ政権によって、7州の労働者に象徴される中低所得者層が、インフレの苦しみから逃れることができず、生活が向上しなかった場合、民主党がいまのままでは、再びトランプ大統領のような人物が選ばれてしまうのではないかということだ。あるいは、アメリカ政治の歴史上、これまでなかったことだが、トランプ大統領が"院政を敷く"などという可能性もなくはない。

「トランプ3.0」に突入すると、どのようなことが考えられるのか。いま、世界経済は各国間のサプライチェーンによって成り立っているのはいまさら動かすことができない厳然たる事実だ。"非常事態"の4年間はともかく、アメリカがあくまで"内向き"志向を続けるなら、これを抜本的に組み替えなければならない。アメリカ国内はもちろん、世界経済は大混乱に陥るだろう。選挙結果を冷静に捉えれば分かるが、アメリカ国民の半数近くは、今後の4年間は許容するにしても、こうした政策がその後も続くことを許容しているわけではない。言い換えれば民主党の大きな宿題と言えるかもしれない。民主党がいまのまま、労働者たちの支持を取り戻すことができなければ、このシナリオも現実味を帯びる。

◆1週間経ち、「DeepSeek」現象の意味するところを考える

そして、トランプ大統領の一挙手一投足に世間の注目が集まる中、先週、1月27日に突如、報じられたのが中国発の生成AI「DeepSeek(ディープシーク)」だった。その後の株価急落について、いまのところ、マーケット関係者の間では、割高感があったエヌビディア<NVDA>などAI銘柄のバリュエーション調整のトリガー(引き金)となったのではないかという結論に達している。

興味深かったのは、直後に出されたトランプ大統領やハイテク企業トップたちの発言だ。株式マーケットが動揺する中、彼らはディープシークに対して、「いいものはいい」と意外なほど寛容な発言をした。これはディープシークのAIモデルとしての特徴もあるだろう。オープンソースで誰もがプログラミングソースを入手して改良することができ、しかも開発コストが安価だったため、AIモデルの開発ハードルを下げるのではないかという期待が生まれたからだ。特にトランプ大統領の発言からは、ディープシークの登場によって、アメリカ企業の奮起を促すようなニュアンスさえ伝わってきた。

発表直後、エヌビディアの株価が暴落したが、これはこれまで維持してきた同社のAI半導体市場での優位性が揺らぐことを懸念したものだった。しかも伝えられているところによると、ディープシークの開発には、最先端ではない同社製のAI半導体が使われているという。今後、懸念されるのは、ディープシークが過度に政治問題化されることだ。いまのところ、情報漏洩の懸念からアメリカ企業に対するディープシークの使用禁止といった措置に限られているが、それ以上の規制強化の動きにもつながる可能性もある。エヌビディアに対する評価が、単なるバリュエーション調整で片付けられて終わるのか、それともアメリカ政府による規制強化の動きにつながり、恐らくシンガポール経由で中国に輸入されていると思われる同社の半導体の販路を縮めていく結果になるのか。この部分はもう少し事態の進展を見る必要があるだろう。

少なくともディープシークの登場によって、これまで考えられていた、最先端のAIモデルを開発するには大量の資本が必要であり、AI開発の勝者はアメリカしかない、という認識が覆されたことだけは確かだろう。だがこれは、マイナス面ばかりではない。先週末、ディープシーク創業者の梁文鋒氏のインタビューが報じられたが、これを読む限り、クオンツ・ファンドで成功した梁氏は、開発にあたって金銭を求めていない。中国政府の検閲はともかく、AI研究の進め方としては、誰も文句を言うことができない成果と言えよう。ハードウェアのAI半導体セクターには逆風が吹く一方、AIを使う側であるオラクル<ORCL>やIBM<IBM>、セールスフォース<CRM>などの株価が急騰しているのは、ディープシークの登場がAIイノベーションの進化を加速させる結果につながるとの思惑からだ。

◆エヌビディアの決算会見にはこれまで以上の注目が

トランプ大統領就任とディープシークの出現。この二つの話題に関心が集まってしまったが、ピークを迎えているアメリカ企業各社の決算と注目銘柄についても少々、触れておこう。まず前提としてあるのは、マーケット全体のトレンドには変化がないのではないかということだ。マイクロソフト<MSFT>やアマゾン・ドット・コム<AMZN>など、ビッグテック各社のAI投資は引き続き旺盛で株価もまずまず。アップル<AAPL>の株価が高止まりしていることだけは理解しがたいが、好調な個人消費を受け、ウォルマート<WMT>の決算も、安心して見ていられるだろう。

これまで発表された決算とマーケットの反応で注目したいのは、24年12月期決算で市場予想を上回る好決算を叩き出したメタ・プラットフォームズ<META>だ。同社のマーク・ザッカーバーグCEOは2年ほど前から、AI開発に有効なのはオープンソースだと語り、実際、オープンソースのAIモデル「Llama(ラマ)」を提供してきたが、それがディープシークによって証明された形だ。一時はトランプ大統領との政治スタンスの違いが懸念されたが、昨年、トランプ大統領との会談を実現し、その懸念も解消された。ここにきて一気に"男を上げた"と言えるのではないか。さらに注目したいのは、東京ドーム8個分のデータセンター設備を増設し、従業員を10%増やす計画を出していることだろう。一気に攻めの姿勢に転じた点は変化を感じる。

昨年、トランプ銘柄として高騰したテスラ<TSLA>に関しては、前期の業績はともかく、イーロン・マスクCEOが2025年、26年、27年と将来に向けて強気の見通しを示したことを受け、株価も素直にそれを受け入れている。現在の株価水準から考えれば、個人的には現時点での投資判断はしにくい。だが、ロボタクシーやサイバートラックなど、成長の材料には事欠かず、同社に対するマーケットの期待は依然として剥落していないようだ。

そして、少し先の話になってしまうが、2月26日(現地時間)のエヌビディアの決算は、やはり注目しなければならないだろう。今回の「ディープシーク・ショック」が直ちに業績に影響するとは思えないが、ジェンスン・フアンCEOが同社の事業の方向性に関してどのようなコメントを出すのか。昨年以上に注目を集める決算になるかもしれない。

他には、トランプ政権下の不法移民対策によって大きな打撃を受けるだろう飲食店に、業務効率化のためのアプリを提供するトースト<TOST>などにも注目したい。さらに顧客管理ソリューションでセールスフォースに次ぐ位置にいて、中小企業向けのサービスに強みを持つハブスポット<HUBS>、サービスナウ<NOW>といった企業も面白い。AIを活用したエージェント・サービスなら、アクセンチュア<ACN>もあるし、アドビ<ADBE>にも期待ができる。

いずれにせよ一つだけ確かなのは、AI革命のゴールは「生成AI」ではないということだ。AIを使うことによって一体、何ができるのか。AIで企業の生産性をいかに高めることができるのか。こうしたことが求められる局面を、いよいよ迎えている。今回のディープシークの登場は、「ショック」というより、AIのすそ野を広げる大きなきっかけになった。この視点こそが、今後の個別銘柄への投資戦略を考えるうえでは、重要なのではないだろうか。

【著者】

大山季之(おおやま・のりゆき)

松井証券マーケットアナリスト 

1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、10年バークレイズ証券、12年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案、自社株買い、金融商品組成などに関わる。現在は松井証券のマーケットアナリストとして、米国のマクロ経済分析や企業、セクターの分析等を行う。

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