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需給の壺―対外及び対内証券売買契約等の状況―【若桑カズヲの株探ゼミナール】

特集
2025年10月31日 9時30分

第11回:対外及び対内証券売買契約等の状況

―資金フローが映す「国際需給」の真実―

市場価格を動かす本質的な要因は、需要と供給、すなわち「需給」に尽きる。経済指標や金融政策、地政学リスクといった政治情勢のほか、他の金融市場の動向など、しばしば価格変動の要因として語られる指標は、あくまで需給を変動させる「きっかけ」に過ぎない。本連載では、この「需給の壺(ツボ)」を読み解くことを目的とし、マーケットにおける需給の基本構造とその変遷を追いながら、未来への洞察を試みたい。

前回の本欄では、海外投資家による先物取引が、日本市場の短期的な値動きにどのような影響を与えているかを分析した。今回は視点を広げ、国境をまたぐ資金の流れが把握できる財務省の「対外及び対内証券売買契約等の状況」を取り上げる。この統計は、日本から海外への投資(対外投資)と、海外から日本への投資(対内投資)を集計しており、いわば国際的な「需給フロー」を映す鏡である。

類似の統計としては、日本取引所グループ(JPX) <8697> [東証P]が毎週公表している「投資部門別売買状況」がある。JPXの同統計では、市場区分ごと(東証プライム、スタンダード、グロース、二市場)の売買を、投資主体別に集計する。報告者は資本金30億円以上の取引参加者(証券会社)であり、対象は取引所取引に限定される。

これに対して財務省の統計は、銀行等や金融商品取引業者(証券会社)、保険会社、投資信託委託会社、資産運用会社、証券金融会社、短資業者といった、財務大臣から指定された大口の投資家が報告者となっている。つまり、JPXの統計が「取引所ベースのフロー」を捉えるものであるのに対し、財務省統計は「国際資金フロー全体」を網羅している点が大きな違いである。

▼財務省の「対外及び対内証券売買契約等の状況」

https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/reference/itn_transactions
_in_securities/data.htm

▼JPXの「投資部門別売買状況」

https://www.jpx.co.jp/markets/statistics-equities/investor-type/index.html

◆「株式・投資ファンド持分」の特徴

報告対象の範囲にも相違がある。JPXの統計が株式、上場投資信託(ETF)、不動産投資信託証券(REIT)を別々に集計するのに対し、財務省の統計ではこれらを「株式・投資ファンド持分」として合算している。この「投資ファンド持分」とは、対外の場合には日本の投資家が外国の投資ファンドに投資するケース、対内の場合には海外投資家が日本の投資ファンドに投資するケースを指す。

さらに、財務省統計には取引所外取引(いわゆるOTC取引)も含まれている。これにより、非上場株式の売買やファンド間の持分移動まで捕捉しており、純粋な上場株の需給分析にはやや向かないと考えられる。しかし、実際にはこの統計の方が、株価動向と整合的であるケースも多い。とりわけ、海外投資家が現物・先物取引だけでなく、ファンド経由でも日本株式市場に資金を流入させている構造を読み解くうえでは、むしろ財務省統計の方が有効といえよう。

図1は、財務省統計から対内証券売買の「株式・投資ファンド持分」(グラフ内では対内投資累積)と、JPX統計による現物と先物を合算した投資部門別売買状況の「海外投資家」(グラフ内では現物先物累積)との売買差引データを、2024年の年初から累積した値の推移である。このグラフから海外投資家は現物や先物だけでなく、ファンドを通じて日本株に投資することで、東京株式市場に大きな影響を与えていることが読み取れる。

図1 株価動向に沿う対内投資累積

【タイトル】

出所:各種データより作成

◆フローの変調と市場イベント

また、対内投資累積と現物先物累積の差を、海外投資家のファンド売買動向とみなし、対内投資累積が2024年夏と2025年春、2025年秋に大きく落ち込んでいる点に注目した。

2024年夏は、日本銀行による予想外の利上げで円キャリートレードが急速に巻き戻されたときのショックであり、円高の進行とともに海外投資家が投資ファンドの日本株エクスポージャー(価格変動などのリスクにさらしている金融資産の割合)を削減したとみられる。

2025年春は、米国のトランプ政権による相互関税措置を受けた「トランプ相互関税ショック」に伴うものである。米国株の急落に連動して日本株も急落し、海外勢の資金流出が一時的に拡大した。

また2025年秋は、日本の政局流動化を嫌気した海外投資家のファンド売りだと思われるが、ここでの株価への影響は限定的であり、日本株市場が外部要因に対して「耐性」を獲得しつつある、と言えるだろう。

財務省の統計は時系列データをファイルにまとめて公表しているが、JPXの統計は過去データを公表していても、時系列データをファイルにまとめていないという不便さがある。加えて、財務省の統計は「株式・投資ファンド持分」だけでなく、「中長期債」や「短期債」のデータも公表しており、債券需給の分析にも有用である。海外勢の債券投資は金利変動の影響を強く受けるため、為替市場や株式市場と連動した「資金循環」の把握に不可欠な指標である。

◆「国際収支状況」との関係

財務省が公表する「国際収支状況(国際収支統計)」の金融収支における「証券投資」も、対外・対内投資の状況を把握する上で重要なデータである。同統計はすべての報告対象者を含むため、カバレッジは「対外及び対内証券売買契約等の状況」よりも広い。一方で「対外及び対内証券売買契約等の状況」は、「国際収支状況」よりも公表が早く(翌月に月次、翌週に週次)、速報性の点で優れている。したがって、短期的な資金フローを把握するには、「対外及び対内証券売買契約等の状況」がより実務的である。

なお、「国際収支状況」の「証券投資」のデータには、非居住者が発行する円建て外債(いわゆるサムライ債、対外証券投資)や居住者が発行する外債(ユーロ円債を含む居住者が海外で発行する債券、対内証券投資)の発行・募集も計上されるが、「対外及び対内証券売買契約等の状況」ではこれらを集計の対象としていない、といった違いがある。このため、両者を単純に比較することはできないが、補完的に利用することで、外債・内債の資金循環をより立体的に把握できる。

▼財務省の「国際収支状況」

https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/reference/balance_of
_payments/data.htm

◆対外の投資主体と対内投資の主な地域

「国際収支状況」では、国・地域別、商品別(対内証券投資のみ)、建値通貨別(対外証券投資のみ)といった取引の詳細データを公表しており、「対外及び対内証券売買契約等の状況」では対外証券投資のみ投資部門別のデータを公表している。

ちなみに、2024年投資部門別の「対外証券売買契約等の状況」(株式・投資ファンド持分や中長期債、短期債の合計)を以下に示した。信託銀行(信託勘定)と投資信託委託会社等が約3割ずつと高いシェアを誇っている。だが、差引でみると、信託銀行(信託勘定)が最大の売り越し、投資信託委託会社等が最大の買い越し主体であった。

図2 2024年投資部門別の対外証券売買契約等の状況

【タイトル】

出所:対外及び対内証券売買契約等の状況(指定報告機関ベース)

「国際収支状況」における2024年の「対内直接投資の国・地域別内訳」も以下に示した。合計では米国が約3割、英国が約2割と高いシェアを誇り、その後にシンガポール、オランダ、オーストラリアと続く。最も差引の買い越しが多いのはスイス、次いでオランダ、香港であるが、売り越しが圧倒的に多いのは米国であった。

図3 2024年国・地域別対内証券投資

【タイトル】

出所:国際収支統計(対内直接投資の地域別内訳)

「対外及び対内証券売買契約等の状況」は一見地味な統計に映るが、海外資金の流出入を通じて日本市場の呼吸を読み取る上で極めて重要である。とりわけ、短期的な需給変動の兆しを察知するうえでは、JPXの統計よりも高い解像度を持つ指標である。海外勢の資金の出入りは、為替市場や金利政策にも波及する。すなわち、需給を読み解くことは、市場全体の「血流」を観察することに等しい。(第12回に続く)

◆若桑カズヲ (わかくわ・かずを):
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。

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