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AIバブル論とAI肯定論、評価が分かれる本当の理由<村松一之・米国株投資の羅針盤>

特集
2026年6月18日 10時00分

◆市場が熱狂、スペースXの株価は割高か

現在の米国金融市場を理解する上で、最も重要なキーワードは「時間軸」かもしれないと考えている。市場では、さまざまなテーマが同時に動いている。しかし、それらには共通点がある。それは、市場参加者や政策当局、企業、国家が見ている時間軸が大きくズレているということである。現在の市場は、単に強気派と弱気派が対立しているわけではない。短期を見る投資家と長期を見る投資家が、同じ事象を全く違うものとして解釈している。そしてその時間軸のズレが、株価、金利、原油、為替、ボラティリティ(変動率)を動かす大きな要因になり始めている。

象徴的なのが、6月12日(現地時間)に上場したスペースX(スペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ)<SPCX>である。市場はスペースXの巨額IPO(新規株式公開)に熱狂している。スターリンクによる全球通信網、スターシップによる宇宙輸送革命、宇宙AI(人工知能)データセンター、そして火星移住という壮大な未来像は、投資家の想像力や夢を強く刺激している。

しかし同時に、市場はその熱狂が本当に持続するのかを疑ってもいる。スペースXが描く未来は10年、20年単位の構想かもしれない。しかし、株価は毎日評価される。四半期決算があり、指数採用があり、ロックアップ解除があり、需給の波がある。スペースXの長期的な夢に並走する投資家は熱狂する一方で、向こう数四半期を焦点とするアナリストは、同社の株価をあまりに割高であると判断する。両者の議論が噛み合うことはないだろう。

AIもまた同じ構図の中にある。AIを巡る議論は大きく二つに分かれている。一つはAIバブル論である。GPU(画像処理半導体)、データセンター、電力設備、冷却装置、ネットワーク機器への投資が急増し、関連企業の株価は大きく上昇した。投資家の一部は、設備投資が過剰であり、回収までの時間が長すぎると警戒している。しかし、もう一つの見方がある。AIは単なるブームではなく、電力網、鉄道、インターネットに匹敵する社会インフラになるという考え方である。この見方に立てば、現在の設備投資は過剰投資ではなく、未来の産業基盤を作るために必要不可欠な先行投資となる。

興味深いのは、両者とも必ずしも間違っていないことである。短期的に見れば、AIはコストである。データセンターを建設し、GPUを購入し、電力を確保し、人材を囲い込む必要がある。企業収益に対しては減価償却負担も増える。しかし長期的に見れば、AIは生産性革命をもたらす可能性がある。労働投入を減らし、供給能力を高め、企業の収益構造を変えるかもしれない。つまり問題は、AIが本物か偽物かではない。どの時間軸でAIを評価しているかなのである。

◆米中対立、イラン戦争にも時間軸の違いが作用

AIの経済効果にも同じことが言える。現在起きているAI投資ブームは、短期的にはインフレ要因である。データセンター建設は建設需要を押し上げ、電力需要を急増させ、土地、送電網、冷却設備、水資源、人材を奪い合う。しかし長期的には、AIが生産性を押し上げることで、ディスインフレ要因になる可能性もある。同じAIを見ていても、短期ではインフレ、長期ではディスインフレという正反対の結論が導かれる。ここにも時間軸のズレがある。

政治の世界でも時間軸はズレている。トランプ政権は、今年の中間選挙という短い時間軸で成果を求めている。そして自身の大統領任期までに大きな成果を残すことに躍起になっている。一方、中国の習近平政権は、2049年の建国100周年に向けた国家目標という長期の時間軸を見据えており、半導体、AI、EV(電気自動車)、宇宙、防衛産業などを数十年単位で育成している。もちろん民主主義国家と権威主義国家を単純比較することはできないが、短期成果を求める政治と、長期目標を優先する政治。この時間軸の違いは、米中対立の読み方にも影響を与えるだろう。

中東情勢も同様である。米国は中間選挙を意識し始める時期に入っている。イスラエルも国内政治と選挙日程を抱えている。一方でイランは、必ずしも短期決着を望んでいるとは限らない。長期戦に持ち込み、時間を味方につける戦略も選択肢にある。ここでも、当事者の時間軸は一致していない。ゆえに、市場もこの問題に振り回される。

原油の先行きに対する見方も複雑だ。米国とイランの停戦合意により、ホルムズ海峡の封鎖解除への期待から原油価格は低下しているものの、市場はそれほど楽観的ではない。また、今後の核合意交渉等の難航で、再び原油価格が高騰するリスクも警戒されている。しかし中長期で見れば、供給過剰による原油安を見込む投資家もいる。OPEC(石油輸出国機構)内部の結束低下により、UAE(アラブ首長国連邦)は今般、OPECからの離脱を決めた。ホルムズ海峡の通航再開となれば、UAEはOPECに縛られずに原油の生産を増やすだろう。また、米国管理のもとで、ベネズエラ原油の供給も増加しており、需給関係が崩れて、思わぬ原油安を生む可能性も指摘されている。短期の原油高と、中長期の原油安。ここにも時間軸のズレがある。

債券市場と株式市場の見方もズレている。債券市場は財政赤字、インフレ再燃を警戒している。一方で株式市場は、AI投資による企業利益の拡大、強い業績、成長の継続を信じている。両者は同じ経済を見ているが、見ている時間軸が違うのだ。特に株式市場は、AI半導体相場という大きな流れの中にあり、通常よりも長い時間軸で成長にフォーカスしている。したがって、債券市場と株式市場には、教科書的な相関関係が久しく適用されていないのだ。

◆バーナンキ、イエレン、パウエル歴代議長が築いたFRBと市場の関係に転機

そして、こうした時間軸のズレが、今後もっとも重要になり得るのが、FRB(米連邦準備制度理事会)の金融政策だろう。これまで市場とFRBは、比較的同じ時間軸で議論してきた。インフレはどうか。雇用はどうか。賃金はどうか。FRBはこれらに関連する経済指標を確認し、FOMC(米連邦公開市場委員会)に臨む。一方、市場も次回FOMCを見据え、同様の確認をした。この構図は分かりやすかった。

2006年にFRB議長に就任したバーナンキ氏は、「FRBの透明性と説明責任」を重視し、「長期的な政策目標として、インフレ率2%」という具体的なインフレ目標を設定した。FOMC参加者全員の金融政策見通しを開示するドットチャートの導入や、FOMC会合後の記者会見の定例化により、市場とのコミュニケーションを改善してきた。現在、我々市場参加者にはお馴染みのFRBの姿は、バーナンキ、イエレン、パウエル歴代議長の三代で築かれたものだ。

しかし、ケビン・ウォーシュ新議長は、バーナンキ元議長よりも前の時代にFRBを巻き戻そうとしている。すなわち、「言葉よりも行動で示すFRBへの回帰」だ。将来の金融政策を細かく約束しない。市場を過度に安心させない。必要なら市場の利下げ期待、利上げ期待を裏切ることも辞さない。こういう曖昧なFRBである。市場がFRBの動向や考えを読むのが難しくなれば、両者の関係には緊張感が生まれるだろう。ウォーシュ新議長は、「FRBプット」と呼ばれる市場にフレンドリーな存在ではなく、市場から畏怖されるような規律ある存在を志向していると思われる。

◆ウォーシュ新議長就任でFRB内部にも時間軸の対立が

また、ウォーシュ新議長は、金融政策そのものに対しても、より長い時間軸の議論を持ち込む可能性がある。AIによる生産性革命、供給能力の拡大等だ。これまでのFRBは過去と現在の経済指標をベースに議論してきた。しかし、ウォーシュ新議長は、将来から逆算した議論を導入するかもしれない。AIによる生産性革命で、ディスインフレ傾向を強める未来がある。であれば、足元の経済が好調でも、利下げが可能という論理だ。

こうした議論が展開されれば、FRB内部にも時間軸の対立が生まれるだろう。タカ派的なFRBメンバーは、足元のインフレ再燃リスクを何より重視する。一方で、ウォーシュ氏のような長期視点を持つ議長は、AIによる長期ディスインフレ、潜在成長率の上昇、FRB制度改革をより重視する。短期のインフレを見るメンバーと、長期の生産性を見る議長。両者が噛み合うことは難しい。もちろん、FRBの内部ではウォーシュ氏の考え方は、現段階では少数派であろう。しかし、侮るなかれ。トランプ政権のベッセント財務長官は、このウォーシュ氏の思想とかなり近い。財務長官とFRB議長が同じ方向を向いている。ここは忘れるべきではないだろう。

短期指標を追う市場と、構造変化を見ようとするFRB。このズレは、従来の金融政策運営よりもはるかに難しいコミュニケーションを必要とする。市場が最も嫌うのは不確実性、つまり、何を見ればよいのか分からなくなることである。もしFRBが短期のインフレよりも、長期の生産性を重視し始めるなら、市場はその反応関数を読み直さなければならない。もしFRB内部で、短期インフレ派と長期生産性派の対立が表面化すれば、金利市場のボラティリティは高まりやすくなるだろう。そして金利のボラティリティは、株式市場、為替市場、信用市場にも波及する。

このように、現在の米国市場は、異なる時間軸が衝突する市場である。スペースXは数十年先を語り、株式市場は四半期決算を見る。AIは短期ではインフレ要因であり、長期ではディスインフレ要因かもしれない。債券市場はインフレ再燃を警戒し、株式市場は企業成長を信じている。そして最後に、FRBそのものが短期と長期の時間軸の対立を抱え込む可能性がある。

したがって、今後の市場を左右するのは、単にインフレ率が上がるか下がるかではない。利下げが何回あるかでもない。どの時間軸が市場の主導権を握るのか。その戦いこそが、次の米国金融市場のテーマになるのではないか。こうした相場環境では、固定観念が一番危険だ。単純に過去と比べるのも危ない。市場で対立している議論の時間軸の違いに注目して、マーケットを冷静に俯瞰していこう!

【著者】

村松一之(むらまつ・かずゆき)

和キャピタル取締役運用本部部長/フォーライクス代表

1973年生まれ、慶應義塾大学卒業後、1996年静岡銀行入行。支店勤務を経て、資金証券部に配属。その後、米ニューヨーク支店勤務など主に市場関連業務に従事。2017年8月、和キャピタルに入社、21年3月より現職。テレビ東京「Newsモーニングサテライト」でレギュラーコメンテーターを務めるほか、各メディアで市場分析のプロとしてのオピニオンを展開中。

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