【米著名投資家⑦】「英国中銀を打ち負かした男」が挑む “リアル二刀流” スタンレー・ドラッケンミラー(デュケーヌ・ファミリー・オフィスCEO)
<13Fで読み解く米著名投資家の売買戦略>

◆「1日で10億ドルを稼いだ男」、ポンド危機が生んだ伝説
1992年9月16日、英国は欧州為替相場メカニズム(ERM)からの離脱を余儀なくされ、英ポンドは歴史的な大暴落を演じた。「ブラック・ウェンズデー」と呼ばれるこの日、ジョージ・ソロスのクォンタム・ファンドは英国中央銀行(イングランド銀行)との通貨戦争に完勝し、わずか1日で10億ドル超の利益を手にした。
しかし、この伝説的なポンド売りを実際に仕掛けたのは、ソロスではなくスタンレー・ドラッケンミラーだったという事実はあまり知られていない。ドラッケンミラーは当初50億ドル規模のポンドショートを計画していたが、これを聞いたソロスが「小さすぎる。少なくとも100億ドルはやれ」と背中を押した。その結果、クォンタム・ファンドは最終的に約15億ドルの利益を上げ、「イングランド銀行を打ち負かした」という金融史上屈指の武勇伝が生まれたのだ。
1953年、ペンシルベニア州ピッツバーグに生まれたドラッケンミラーは、ボウディン大学で経済学と英文学を修めた。1977年にピッツバーグ・ナショナル・バンクに入行し、24歳という異例の若さで株式調査部門の責任者に抜擢される。その後、1981年にデュケーヌ・キャピタル・マネジメントを創業。1988年にはソロスが率いるクォンタム・ファンドのチーフ・インベストメント・オフィサーに招聘され、1992年のポンド危機を経て2000年までその職を務めた。
2010年には外部投資家への門戸を閉じ、自らの資産のみを運用するデュケーヌ・ファミリー・オフィスとして再出発。その運用成績は依然として驚異的で、30年超にわたって年平均約30%というヘッジファンド業界でも最高水準のリターンを誇り続けている。
◆ソロス理論の継承と独自の個別銘柄分析の融合がドラッケンミラー流
ドラッケンミラーの投資哲学を理解する上で欠かせないのが、師であるソロスから継承した「反射性理論」だ。市場参加者の認識と現実の間には常にズレがあり、そのズレが市場を過剰な方向に動かす。この洞察にもとづき、ドラッケンミラーは「市場のコンセンサスが誤っている局面」を察知して大胆に張る。
しかし、彼がソロスと決定的に異なるのは、マクロ分析に加えて個別銘柄の徹底的なボトムアップ分析を行う点だ。「マクロの方向性を掴んだら、その恩恵を最大限に受ける最良の個別株を選ぶ」というのがドラッケンミラーの流儀だ。例えば2000年代初頭のコモディティブームを読んだ際には、原油・資源関連の個別株を丹念に選んで大きなリターンを上げている。
さらに特徴的なのは、強気と慎重の切り替えの鋭さだ。確信が持てるときは集中的かつ大胆に賭け、確信がないときは徹底的にリスクを落とす。このアプローチが、長期にわたる高リターン、低ドローダウン(資産下落率)を実現する根源だ。「強気相場で強気でいることは誰でもできる。本当の実力は、下げ相場でいかに資産を守るかで測られる」。これはドラッケンミラーが繰り返し口にする言葉だが、実際、彼のデュケーヌ・キャピタル時代の運用記録では、年間を通じてマイナスになった年は存在しない。
近年のドラッケンミラーは、財政赤字と政府債務の膨張に対して一貫して警鐘を鳴らしている。米国の財政状況を「歴史的に見ても危険な水準」と断じ、長期国債に対する慎重な姿勢を公言している。もう一つ注目すべきは、ドラッケンミラーがバイオテクノロジーや医療分野への深い関心を持つ点だ。科学的な革新が株価の過小評価を生み出す場面を特に好み、2025年のポートフォリオにもその傾向が色濃く反映されている。
◆2025年の注目点は、ナテラ一強体制と医療・バイオへの深い傾倒
それでは、ドラッケンミラー率いるデュケーヌ・ファミリー・オフィスの2025年ポートフォリオを「13F」で追ってみよう。まず30億から44億ドルという水準は、テッパーのアパルーサやアックマンのパーシング・スクエアと比べると小ぶりに映る。しかし、これはドラッケンミラーが運用資産の「全額」を13Fで開示しているわけではないことを踏まえる必要がある。実際には先物・オプション・外為などの資産が相当規模で存在するとみられ、13Fに現れる株式ポートフォリオはあくまで一断面に過ぎない点には留意が必要だ。
| 【2025年 1Q】総評価額:30億6004万ドル | ||||
| 順位 | 社名<ティッカー> | 評価額 | 保有比率 | 保有株式数 (前期比) |
| 1 | ナテラ<NTRA> | 4億8112万ドル | 16% | 340万株 (↓) |
| 2 | テバ・ファーマシューティカル・インダストリーズ<TEVA> | 2億2870万ドル | 7.5% | 1487万株(↑↑) |
| 3 | クーパン<CPNG> | 2億400万ドル | 6.7% | 930万株 (↑) |
| 4 | ウッドワード<WWD> | 2億32万ドル | 6.5% | 109万株 (↓) |
| 5 | フィリップ・モリス・インターナショナル<PM> | 1億7543万ドル | 5.7% | 110万株 (↓) |
| 【2025年 2Q】総評価額:40億7125万ドル | ||||
| 順位 | 社名<ティッカー> | 評価額 | 保有比率 | 保有株式数 (前期比) |
| 1 | ナテラ<NTRA> | 5億2121万ドル | 13% | 308万株 (↓) |
| 2 | テバ・ファーマシューティカル・インダストリーズ<TEVA> | 2億6763万ドル | 6.6% | 1596万株 (↑) |
| 3 | インスメッド<INSM> | 2億2678万ドル | 5.6% | 225万株(↑↑) |
| 4 | ウッドワード<WWD> | 2億805万ドル | 5.1% | 84万株 (↓) |
| 5 | 台湾積体電路製造(TSMC)<TSM> | 1億7328万ドル | 4.3% | 76万株 (↑) |
| 【2025年 3Q】総評価額:40億6200万ドル | ||||
| 順位 | 社名<ティッカー> | 評価額 | 保有比率 | 保有株式数 (前期比) |
| 1 | ナテラ<NTRA> | 5億1744万ドル | 13% | 321万株 (→) |
| 2 | インスメッド<INSM> | 3億4899万ドル | 8.6% | 242万株 (↓) |
| 3 | テバ・ファーマシューティカル・インダストリーズ<TEVA> | 3億3519万ドル | 8.3% | 1659万株 (↑) |
| 4 | 台湾積体電路製造(TSMC)<TSM> | 2億1368万ドル | 5.3% | 76万株 (→) |
| 5 | ウッドワード<WWD> | 1億5996万ドル | 3.9% | 63万株 (↓) |
| 【2025年 4Q】総評価額:44億9445万ドル | ||||
| 順位 | 社名<ティッカー> | 評価額 | 保有比率 | 保有株式数 (前期比) |
| 1 | ナテラ<NTRA> | 5億7532万ドル | 13% | 251万株 (↓) |
| 2 | ステート・ストリート金融セレクト・セクターSPDR ETF<XLF> | 3億99万ドル | 6.7% | 549万株(新規) |
| 3 | インスメッド<INSM> | 2億5788万ドル | 5.7% | 148万株 (↓) |
| 4 | インベスコS&P・500イコール・ウェイトETF<RSP> | 2億2487万ドル | 5.0% | 117万株(新規) |
| 5 | テバ・ファーマシューティカル・インダストリーズ<TEVA> | 1億8335万ドル | 4.1% | 587万株(↓↓) |
※保有株式数の前期比は5%未満の増減は→、5%~50%の増減は↑↓、50%以上の増減は↑↑・↓↓で表現。
その前提に立った上で、2025年の13Fを読み解くと、一つの際立った特徴が浮かび上がる。それは「医療・バイオへの徹底した集中」だ。第1四半期でまず目を引くのは、ナテラ<NTRA>が16%という高い比率で首位に立ちながら、2位にテバ・ファーマシューティカル・インダストリーズ<TEVA>が1487万株と大規模な取得で食い込んでいる構図だ。
ナテラは遺伝子検査・液体生検の分野で急成長するバイオ企業であり、テバはジェネリック医薬品世界最大手として知られる。両社はビジネスモデルこそ異なるが、「科学的革新が本質的価値に対して過小評価されている医療関連銘柄」という共通点を持つ。ドラッケンミラーがいかに医療・バイオ分野に強い確信を抱いているかを示す布陣だ。
第2四半期の最大のトピックは、インスメッド<INSM>の大量取得だ。希少な肺疾患(ブロンキエクタシス)の治療薬開発に特化したバイオ企業である同社は、当時まさに重要な臨床試験の結果発表を控えていた局面だった。「科学的な転換点が近い」と読んだドラッケンミラーが、カタリスト(株価変動のきっかけ)直前に大規模なポジションを構築したと考えるのが自然だ。
第3四半期は評価額ベースでナテラが首位を守った。2位のインスメッドは薬剤承認期待を背景に評価額が急膨張し、前四半期の2億2678万ドルから3億4899万ドルへと約1.5倍に拡大している。「臨床試験の成功を事前に確信して張った」というドラッケンミラー流のバイオ投資の真骨頂がここに凝縮されている。
第4四半期に最も注目すべき変化が起きた。それまで上位を独占していた医療・バイオ銘柄の一角が後退し、代わりに「ステート・ストリート金融セレクト・セクターSPDR ETF」<XLF>と「インベスコS&P500イコール・ウェイトETF」<RSP>という2本のETF(上場投資信託)が新規で上位に食い込んだのだ。前者は銀行・保険・資産運用会社などを集めた金融セクターETFであり、後者はS&P500銘柄を均等ウェイトで保有するETFだ。
この動きをどう読むか。テバの大幅削減と併せて考えると、「バイオ個別株から市場全体・金融セクターへの部分的なシフト」という方向性が浮かび上がる。米大統領選後の金融規制緩和期待や、市場全体の構造的な上昇トレンドへの転換を背景に、「個別のカタリスト狙い」から「セクター・市場全体への参加」へと一部戦略を切り替えたと解釈できる。
しかし、ナテラは第4四半期終了時点でも、高い保有比率で首位の座を維持し続けた。年間を通して一度も首位を譲らなかったナテラへの確信の強さは、ドラッケンミラーが「遺伝子検査が次世代医療の中核となる」という大テーマに、深い確信を持って賭けていることの証左だろう。
2025年のデュケーヌのポートフォリオを総括すれば、医療・バイオという長期テーマへの集中投資と、セクターETFの機動的活用という二つの軸が浮かび上がる。個別株の科学的カタリストを狙う精緻なボトムアップ分析と、マクロ経済の大局観に基づくETFの大胆な活用。これはまさにドラッケンミラーの「二刀流」投資哲学を現代的に体現したものだと言える。
◆「勝率よりも勝った時の大きさ」、不滅の哲学が次の一手を生む
ここまで、ドラッケンミラーの投資哲学と2025年の「13F」ポートフォリオ変遷を追ってきた。ポンド危機での歴史的勝利から30年以上を経た今も、その本質は変わらない。「市場のコンセンサスが誤っている局面を探し、確信が持てたときに大胆に張る」。この一点に尽きる。
「勝率は重要ではない。勝ったときにどれだけ大きく取れるか、負けたときにどれだけ小さく留めるかが重要だ」。これはドラッケンミラーが好んで口にする言葉だ。ナテラへの長期集中保有、インスメッドへの臨床試験前の大量参入、そして第4四半期の金融ETFへの電撃的な方向転換。いずれもこの哲学の忠実な体現だ。
米国の財政赤字の拡大、AI(人工知能)による産業革命、医療技術の飛躍的進歩。ドラッケンミラーの鋭いマクロの目と、バイオ・医療への深い洞察が交差する点に、次の「大きな賭け」が生まれる。「英国中銀を打ち負かした男」は73歳を迎えた今も、その投資家としての眼光はいささかも衰えていない。本連載では引き続き、デュケーヌの「13F」の変化を追っていく。
株探ニュース