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令和から昭和の父親へ、市場が問われる新FRBとの向き合い方<村松一之・米国株投資の羅針盤>

特集
2026年7月15日 9時30分

◆AI需要の底堅さを示したSKハイニックス米国上場

なにやらAI(人工知能)・半導体相場について、AIバブルの崩壊、データセンターへの過剰投資、ハイパースケーラーの財務悪化など、さまざまな懸念が繰り返し語られている。振り返れば、2024年以降、こうした「AIバブル論」は幾度も浮上してきた。しかし、そのたびに企業業績の強さが懸念を打ち消してきた。恐らく今後も、相場が調整するたびに同じ議論が現れては消化されていくのだろう。

最近の象徴的なトピックが、韓国株の乱高下と、マグニフィセント・セブン(M7)の株価低迷である。韓国では、サムスン電子(韓国上場)とSKハイニックス<SKHY>を対象としたレバレッジ型ETF(上場投資信託)に個人資金が集中し、両銘柄と関連ETFが市場全体の売買代金の大半を占める異例の状態となった。その後、半導体株は好決算にもかかわらず急落し、AIバブル崩壊の兆候のように語られた。

しかし、ここでバブル的だったのはAI需要そのものではなく、韓国の個人投資家による、レバレッジを使った投資行動である。需給が一部銘柄に極端に偏り、上昇時には買いが買いを呼び、下落時には機械的な売りが下げを増幅した。これは企業業績よりも、市場構造と投資行動の問題である。

一方、SKハイニックスの米国市場への米預託証券(ADR、外国企業の株式を米国市場で取引できるようにした証券)上場は、別の意味を持つ。世界の投資家が、AIインフラ企業へ直接資金を振り向けようとしていることの表れだからだ。HBM(広帯域メモリー)などAI向けメモリーへの需要が構造的に強いという期待があるからこそ、大規模な資金調達が可能になったのだ。公開価格149ドルに対し初値は170ドル、終値は168.01ドルで着地。上昇率は12.8%となり、需要の強さを示したと言える。その後、韓国・KOSPI市場で同社株が急落し、連れてADRの株価も調整を余儀なくされたが、これは短期資金による一時的な影響に過ぎず、同社への期待が剥落したわけではないだろう。

今年のM7の弱さも、直ちにAI投資の失敗を意味しない。現在は、ハイパースケーラーがデータセンターへ巨額投資を行い、その利益がまずGPU(画像処理半導体)、HBM、半導体製造装置などの供給企業へ移る局面である。設備投資を行う側はフリーキャッシュフローを圧迫される一方、設備を売る側の利益が先に拡大する。これは技術革新期に起こりやすい「富の移転」である。しかし、設備投資が収益化されれば、利益は再びハイパースケーラーへ戻る。アマゾン・ドット・コム<AMZN>のAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)も、巨額投資が利益の重しと批判された時期を経て、世界有数の高収益事業になった。現在のAI投資でも、より大きな規模で同じことが起こる可能性がある。

また、データセンター投資は、テーマパーク投資とは性格が異なる。テーマパークの収益源は施設利用料に限られるが、AIデータセンターは計算能力を外部へ提供しながら収益を生み、そのキャッシュフローを次の設備投資へ回すことができる。メタ・プラットフォームズ<META>が自社向けだけでなく、外部向けにも計算能力を提供しようとしているのは、その好例である。計算能力を貸し出しながら投資を続けられるのであれば、単純な過剰設備投資とは言い切れず、市場もこの動きを好感し始めている。

もちろん、個別案件では投資判断の誤りや供給過剰は起こり得る。しかし、AI計算需要が拡大する限り、データセンターは完成した瞬間から遊休資産になるわけではない。重要なのはAI需要の有無ではなく、利益が現在どの企業に帰属し、次の局面で誰に移るのかを見極めることである。

◆インフレ抑制に5つのタスクフォース、始動するウォーシュFRB

さて、AIバブル論が喧伝される陰で、相場の先行きを語るうえで、より重要な問題がある。中央銀行の変化と、今後の金利上昇リスクである。足元では、米国の実質10年金利が2.3%台へ上昇し、30年国債利回りも5%を超えている。ここでいう実質金利は、名目10年金利から10年ブーレークイーブン・インフレ率(市場参加者が予想する将来の期待インフレ率)を差し引いた市場ベースの金利である。

今回の実質金利上昇は、名目金利の上昇だけでなく、期待インフレ率の低下によっても起きている。つまり、市場が将来のインフレ抑制に一定の信頼を置いている結果でもある。その意味で、今回の実質金利上昇は、財政不安やインフレ不安だけで起きる「悪い金利上昇」とは異なる。

その背景には、中央銀行の急速な変化がある。米国ではウォーシュFRB(米連邦準備制度理事会)議長が登場し、コミュニケーション、バランスシート、経済データ、生産性と雇用、インフレの枠組みを検討する5つのタスクフォースが設置された。世界的な経済学者や中央銀行経験者、企業経営者が参加しており、FRBの政策運営を再設計する異例の大規模な試みとなっている。

欧州でも、先般のECB(欧州中央銀行)の年次国際会議でラガルドECB総裁が、従来型のフォワードガイダンスから、政策判断の枠組みや反応関数を示す「フレームワーク・ガイダンス」への移行を強調した。これは、将来の金利経路を約束する中央銀行から、不確実な環境の下で何にどう反応するかを説明する中央銀行への変化である。このように世界の主要中央銀行は、大きな改革に着手している。

今のところ、市場はこの変化を好意的に受け止めている。期待インフレ率の低下は、FRBの物価安定への姿勢が一定の信認を得ていることを示している。また、制度改革への期待が、政策やインフレの不確実性に対する上乗せ金利であるタームプレミアムを抑えている可能性もある。しかし、この評価は実績より期待に依存している。ウォーシュFRB議長も、まだ5つのタスクフォースを立ち上げた段階に過ぎない。真価が試されるのは、これからである。

◆AIはインフレを抑えるか、それとも高めるのか

ここで重要になるのが、AIはインフレを抑えるのか、それとも高めるのかという問題である。長期的には、AIが生産性を高め、同じ労働力でより多くを生産できるようになれば、単位労働コストは低下し、インフレ抑制要因になり得る。これはウォーシュFRB議長の持論でもある。

しかし、生産性改善がいつ現れるかは分からない。1980年代後半から90年代前半にかけて、コンピューターが急速に普及したにもかかわらず、生産性統計にはその効果がなかなか現れなかった。これは「ソローのパラドックス」として知られている。新技術の導入と社会全体の生産性向上の間には時間差があり、企業が組織、業務工程、人材配置、教育などを新技術に合わせて作り変えて初めて、生産性は本格的に上昇する。AIについても、同じような時間差が生じる可能性は十分にある。

むしろ短期的なAI投資は、インフレ要因として働いている。データセンター建設、半導体、電力、送配電網、冷却設備、建設資材、エンジニアなどへの需要が同時に増えているからだ。まず資本財や生産要素の価格が上がり、その後、企業がコストを転嫁すれば、より広いインフレへ波及する可能性がある。

この時間軸をFRBと市場が共有できるかが、2026年下期の金利を左右する。FRBが将来の生産性向上を重視し、市場が足元の設備投資インフレを重視すれば、両者の認識は噛み合わなくなる。市場が「FRBは将来のディスインフレ効果を先取りしすぎている」と判断すれば、期待インフレ率が上昇する可能性もあるだろう。さらに、不明確なAIの生産性効果を金融政策の前提とするならば、FRBの反応関数も予測しにくくなる。その場合、投資家は長期国債を保有するために、より高いリスク補償を求める。これがタームプレミアムの上昇である。

筆者は現在の長期金利の上昇は、AI投資による需要増が先行し、生産性改善がまだ十分に統計へ表れない「移行期の金利上昇」であると捉えている。FRBへの信認が維持されれば、金利の上昇は一定程度制御できるだろう。この場合、株式市場全体にはやや重しとなる一方、価格決定力を持つ半導体、電力、設備企業の利益成長は続くだろう。

リスクシナリオは、AI投資や関税によるインフレ圧力が高まる一方、生産性改善が確認できず、市場が「FRBはインフレを過小評価している」と判断する場合である。そこへ財政赤字と国債増発懸念が重なれば、期待インフレ率とタームプレミアムが同時に上昇する。この場合、企業利益が伸びていても、株式の適正PER(株価収益率)は低下する。AI関連企業の増益が続いても、長期金利の上昇速度が利益成長を上回れば、株価は下落する可能性が高い。

◆やさしいFRBはもういない、過渡期のマーケットで求められる冷静な視点

そして最後に、2026年下期の市場で最も注意すべき点の1つは、FRBの性格そのものが変わろうとしていることである。これまでのFRBは、言ってみれば、令和時代の「子供にいつでも寄り添い、困ったときには相談に乗ってくれる」フレンドリーな父親だった。市場が不安定になれば、フォワードガイダンスや丁寧なコミュニケーションを通じて、何を考え、次にどう動くのかを説明してきた。市場もまた、その優しさと予測可能性に慣れきっていたのだ。

しかし、ウォーシュ体制下のFRBは、昭和時代の「厳しく、畏怖され、そして寡黙な」父親へ変わろうとしている。物価安定を最優先し、市場が不安を訴えても、すぐには手を差し伸べない。何か問題が起きたときに相談しても、「まずは自分で考えろ」と突き放される可能性がある。

市場環境が良好なうちは、それでも問題は表面化しにくい。ただし、市場に何らかの問題が発生したときは別である。株価が急落し、信用市場が動揺し、流動性不安が広がった局面で、FRBが従来のように迅速に安心材料を提供しなければ、市場は戸惑う可能性が高い。

新体制のFRBは、信頼される厳しい父親になれるのか。それとも、必要なときにも何も語らない、理解しにくい父親と受け止められるのか。恐らく一度は、その違いに市場が混乱する局面があるだろう。市場は新しいFRBとの付き合い方を学ばなければならない。さまざまな意味で、現在のマーケットは過渡期にある。あまりに好調な26年上半期の株式市場であったが、下期は市場で飛び交う極論からは距離を取り、一段と冷静に市場と向き合う姿勢が求められそうだ。

【著者】

村松一之(むらまつ・かずゆき)

和キャピタル取締役運用本部部長/フォーライクス代表

1973年生まれ、慶應義塾大学卒業後、1996年静岡銀行入行。支店勤務を経て、資金証券部に配属。その後、米ニューヨーク支店勤務など主に市場関連業務に従事。2017年8月、和キャピタルに入社、21年3月より現職。テレビ東京「Newsモーニングサテライト」でレギュラーコメンテーターを務めるほか、各メディアで市場分析のプロとしてのオピニオンを展開中。

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