植草一秀の「金融変動水先案内」 ―米国政治「奥の院」における暗闘

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2019年9月14日 8時30分

第18回 米国政治「奥の院」における暗闘

植草一秀(スリーネーションズリサーチ株式会社 代表取締役)

●トランプ大統領「三つの過剰」

筆者はトランプ大統領が2020年の大統領再選を成し遂げるには「三つの過剰」を是正することが必要だと考えています。三つの過剰とは(1)米中貿易戦争の過剰、(2)FRB介入の過剰、(3)人事の過剰です。トランプ氏は米国の対中貿易赤字を減らして米国の雇用を拡大すると唱えて、中国からの輸入に平均で2割以上の制裁関税を設定しつつあります。この関税率の水準は世界が保護主義に突き進んだ1930年頃の関税率に匹敵します。

米国が高率関税を発動して中国がWTO(世界貿易機関)に提訴するという図式は、これまでの常識では考えられなかったことです。米国が保護主義に突き進むことは米国の消費者の不利益増大につながり、米国経済の悪化、NYダウの下落につながるでしょう。このことはトランプの大統領再選を危うくするものです。

FRB(連邦準備理事会)のパウエル議長はイエレン前議長からの引き継ぎを無難にこなしてきました。トランプ氏に抜擢されたことから、大統領の意に反する利上げを断行できるかに懸念が持たれましたが、2018年に4回の利上げを断行して懸念を払拭しました。このパウエル議長にトランプ大統領は執拗に注文を付けています。しかし、FRB金融政策に対する政治の介入を否とする専門家は多く、パウエル議長の政策運営に支障が生じる恐れが高まっています。

●トランプとパウエルのマッチポンプ

人事の過剰も方法を誤れば大統領に対する攻撃の矢となって跳ね返ってきます。大統領が政策遂行のために人事配置を変更することは是認されることですが、その方法が適切でなければ政権の力は逆に弱体化してしまいます。

2018年秋以降の推移を見ると、トランプ大統領は対中国強硬姿勢を示し、その結果として株価が急落するとFRBのパウエル議長に対処を求めてきたようにも見えます。昨年10-12月に発生した株価急落による危機の高まりを遮断し、株価急反発をもたらしたのは1月4日のパウエル議長による「迅速かつ柔軟に対応する」発言でした。

株価が大きく反発した5月5日にトランプ大統領は中国の対米輸出2500億ドルへの制裁関税率を25%に引き上げる方針を表明し、その結果として内外株価の急反落がもたらされました。この危機を救ったのもパウエル議長です。6月4日の「適切に行動する」発言で株価を急落から急反発に転換させました。

そのFRBが7月末に利下げを断行し、追加利下げの方針を示唆すると、待ち構えていたようにトランプ大統領が中国の対米輸出残余3000億ドルへの制裁関税発動を表明しました。トランプ大統領が、対中国強硬策を遂行するためにFRBに金融緩和を強要する姿勢が垣間見えています。しかし、米中貿易戦争が本格化して米国経済が深刻な不況に転落する場合には利下げが株価上昇をもたらしにくくなることは、過去の経験則から判明しています。

●ボルトン大統領補佐官の解任

とはいえ、株価が下落すると強硬姿勢を後退させるのがトランプ大統領の特徴で、9月5日には10月初旬の米中閣僚級会合と9月中旬からの準備会合開催で米中両国が合意したことが明らかになりました。これを契機に内外株価が反発傾向を強めています。

このなかで見落とせない重要な事実が明らかになりました。米国のボルトン大統領補佐官が更迭されたのです。ボルトンは対外強硬主義、積極主義を主導するネオコン、軍産複合体勢力のなかの最強硬派であると見られる人物です。トランプ大統領は米国が世界の警察官の立場からの撤退を示唆しているのに対し、軍産複合体は米軍の全世界でのプレゼンス維持を指向しています。

トランプ大統領といえども軍産複合体の意向を押さえつけるのは困難であることを象徴するボルトン補佐官の立ち居振る舞いが目立ってきたのですが、そのボルトンをトランプ大統領が更迭しました。米国政府を支配する支配者が政府の外に君臨すると言われる米国政治の奥の院との確執を示唆する出来事です。この人事は、過剰ではない適切なものであると考えられます。

ボルトン解任で米国の対北朝鮮、対イラン政策が劇的に変化する可能性が浮上しています。さらに、中国との貿易戦争が戦線拡大から戦線縮小に転換する可能性も考察する必要が生まれています。9月入り後の株価上昇、米金利反転、米ドル上昇の背景に、この重要政治決定が存在することを見落とせません。

●日本株価が暴落しにくい理由

現時点で金融変動転換が生じると判断するのは時期尚早です。トランプ大統領の二転三転、三転四転に振り回されてきた市場関係者は、状況変化に対する免疫力を高めており、常に逆張りの思考を保持していなければなりません。

ただし、日経平均株価が昨年10月を起点とする右肩下がりの上値抵抗線を下から上に抜けた事実は重視しておくことが必要でしょう。10月に実施される消費税増税が日本経済に強い下方圧力を与えることは間違いありません。増税規模は10年で52兆円に達するため、1回限りの2兆円強の増税対策は焼け石に水の効果しか持ちません。

それでも日本株価が底堅く推移している最大の理由は、現在の株価水準が利益水準から見ると著しく割安な水準に位置していることにあります。リーマンショックが発生した局面では企業収益が一気に半減したことも事実ですから、株価指標からの割安判断自体が消滅してしまう可能性を否定はできませんが、日本株価の変動を先読みする場合に、日本株価の割安状況は考慮しておかねばならない点でしょう。

いずれにせよ、鍵を握るのはトランプ大統領の采配であり、この采配に重要な変化が生じる可能性が浮上している点を強調しておきたいと思います。

(2019年9月13日 記/次回は9月28日配信予定)

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