武者陵司 「新型コロナウイルスと米国株高シリーズ(2)」<前編>

市況
2020年2月24日 10時00分

―国益に資する米国株式資本主義、隆盛の検証―

新型コロナウィルスがメディア見出しを独占している中で、長期的に見るとより重要な趨勢が、米国経済を覆っている。株式が資金循環の中枢に座り、株価上昇が経済発展の推進力となる新たな時代、株式資本主義の時代が始まっている、と考えられるのではないだろうか。

米国は米中覇権争いに勝つためには、何が何でも株式資本主義を成功させなければならない。米中覇権争いにおいては、AI量子コンピューターブロックチェーン、導電性高分子、自動運転再生医療などの先端技術分野における技術覇権をどちらが制するかがカギを握るが、中国は国家資本主義の下での集中的資本投下により、多くの分野で米国を凌駕しつつある。5Gネットワーク技術においてファーウェイが大きく先行していることは、米国に猶予は許されていないことを物語る。

米国が先端分野における投資競争に勝ち抜くには、株式資本主義を強化し資本力を強めていかざるを得ないという、地政学上の要請がある。なお、資本力強化に整合的為替方向はドル高であり、現在のドルの強さはそうした米国国益を反映し始めているのかもしれない。

【1】MAGA主導の株高、株高が起点となる米国経済の好循環

●疾風に勁草を知る

新年早々イラン革命防衛隊ソレイマニ司令官殺害、新型コロナウィルス蔓延などのネガティブニュースが相次ぐ中で、米国株式は3指数そろって史上最高値を更新している。

「疾風に勁草を知る(逆境で真価がわかる)」の故事にある通り、株式の地相場の強さをうかがわせる。NYダウは2009年3月の6547ドルから2020年2月2万9400ドルへと4.5倍、年率15%の上昇を遂げた。その牽引車がMAGA(マイクロソフト、アップル、グーグル、アマゾン)というハイテク革命の旗手でいずれも時価総額1兆ドル企業群である。

●株高が起点の好循環

この株高が米国経済の好循環の起点になっている。株高を牽引とする資産価格上昇が家計の純資産を著しく増加させた。2009年第4半期(4Q)リーマンショック後のボトムでは49兆ドルに落ち込んでいた米国家計純資産は、2019年第2四半期(2Q)には113兆ドルへと10年間で64兆ドル(米国GDPの3倍)も増加したが、そのうち年金資産は10兆ドルから27兆ドルへと著増し、年金財政を大きく支えているのである。

株価上昇や配当は富裕層のみを利しているという主張がある。しかし、米国の家計貯蓄の7割は株・投信であり(日本の場合7割が現預金)、株主還元は大半の貯蓄者を利しているといえる。米国家計の現金収入は賃金7割、資産所得3割となっており、米国家計の旺盛な消費は株高を軸とした資産価格上昇によって支えられていると言って過言ではない。

【2】株価本位の企業財務戦略と金融政策

●唯一の買い主体、自社株買い

この株高をもたらしているものは自社株買い、配当などの企業による重厚なペイアウトである。過去4年間(2015~2018年)に米国企業(非金融)は4.09兆ドルの税引き利益を計上したが、4.24兆ドルとその100%以上を株主に還元した。うち配当2.29兆ドル、自社株買い1.95兆ドルとなっている。この自社株買いが米国においては、唯一最大の株式買い主体となっている。

2009年以降の主体別累積株式投資額を見ると、家計、年金、保険など国内投資家は全て売り越しであり、唯一の買い主体は企業の自社株買い(10年累計で3.9兆ドル)なのである。企業の巨額の株主還元が家計の金融所得を押し上げ、株価上昇による資産効果もあって、旺盛な消費を維持させているといえる。企業の余剰→株高→消費・投資増加の金融好循環が米国経済を支えている。

●株価本位の米国企業の財務戦略

このように米国の株高は、企業の株価本位の財務戦略の賜物といえる。米国企業は、内部留保を吐き出し自社株買いを実施し、それが株式需給の好転とROEの上昇につながって株価が上昇する、という戦略である。米国企業の高レバレッジ化(=Net Debt to Equityレシオの上昇)も、株価本位の財務戦略の結果といえる。株価本位の財務戦略はマクロ経済の観点では、企業の余剰が家計に還流することで健全な資金循環が保たれており、望ましいといえる。

しかし、米国企業の高レバレッジ体質は金利上昇と企業収益悪化が起きた時の耐久力を犠牲にしているともいえる。企業にとっては負債コスト(長期金利)が2%以下と低いために、D to Eレシオを高めることは合理的である。ただ、それが限度を超えていないのかどうか、その評価は数年以上先の次期リセッションを待たなければ結論はつかず、現状では留保したい。

●株価本位の金融政策

米国においては今や金融政策も株価本位といえる。QE(量的金融緩和)が株価など資産価格引き上げに決定的に寄与した。資産価格が上昇しなかったら成長も雇用増加もなかったであろう。

かつての銀行貸し出しによって信用創造を制御する金利政策は、ゼロ金利と企業の借金需要の消滅で機能しなくなった。代わって登場した量的金融緩和政策は、バーナンキ議長はリスクプレミアムを引き下げる政策と説明したが、平たく言えば株価と不動産価格の押し上げ政策である。そのために巨額の資金が必要になり、中銀のバランスシートの大膨張に帰結したのである。人為的に株価・不動産価格を上げる政策はまさしく錬金術である。が、持続性はなくバブルであるとは断言できない。

それではなぜ錬金術としての信用創造が必要なのか。それは技術と社会的分業の発展の歴史を見なければならない。技術が発展し、生産性が高まれば、人と生産物、つまり労働と資本の余剰感が強まる。それは供給力が高まるとも言い換えることができる。であれば、相対的に需要が足りなくなる。よって需要を増加させる政策、つまり信用創造政策が不可欠だということになる。いまインフレが起きず、デフレのリスクが世界的に優勢なのは、技術革新による供給力の増大が、需要を上回っている(=相対的需要不足)ため、と考えるほかはない。

<後編>へ続く

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