急浮上する「東京五輪・延期論」、新型コロナに揺れる関連株 <株探トップ特集>
―迷走する五輪開催への道、迫る決断のタイムリミット―
新型コロナウイルス による肺炎の脅威が世界を震撼させている。感染拡大により、日本を含め世界各国で相次ぎ大規模イベントが中止となる状況下、急浮上したのが今夏開催される予定の東京五輪 の「延期論」だ。現実味を帯びたのは、トランプ米大統領の「1年延期したほうがよい」という発言だった。これが伝わると日本国内では、さまざまな意見が噴出することになった。五輪中止も囁かれるなか、一部では「延期ならば、まだマシ」(観光関係者)との声も聞かれ始めている。延期論が台頭し始めるなか、東京五輪の行方は関連株の今後にも大きく影響を与えるだけに注目が集まっている。
●新型コロナに揺れる世界経済
経済活動の低下懸念を背景に、株式市場は世界同時株安に陥っている。前日の米国株市場では、NYダウが1000ドルを超える大幅反発をみせたことで、きょうの東京市場は買い優勢でスタートしたが、日経平均の上値は重く後場終盤になって急速に値を崩すこととなった。かつてない波乱状況が続いており、投資家心理を悪化させている。加えて、ヒト、モノ、カネの流れがストップするなか、経済的ダメージは08年の「リーマン・ショック」を超えるとの見方も強い。新型コロナの脅威が経済に大きな影響を与えており、地球規模での感染拡大は開催が迫る東京五輪にも影を落としている。
●「完全な形で実現」も開催時期に言及せず
にわかに、五輪延期論が浮上した背景には“トランプ発言”だけではなく、伝わっている「世界保健機関(WHO)の助言に従う」という国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長の発言も影響したようだ。ただ、安倍首相は16日深夜に行われたG7首脳による緊急テレビ会議後の記者会見でも「人類が新型コロナウイルスに打ち勝つ証として、東京オリンピック・パラリンピックを完全な形で実現するということについてG7の支持を得た」と述べたが、開催時期についての言及はなかったことから、延期への憶測を呼んでいる。直近では、IOCが東京五輪について予定通り開催を目指すことを表明するなど、情報が錯綜するなか先行きはまだ流動的だ。
こうしたなか17日、サッカー欧州選手権が、新型コロナの感染拡大を受け来年に延期されることが決定した。6月12日から7月12日にかけて開催予定だった同選手権は、サッカーの世界ではワールドカップに並ぶ権威と人気を誇っており、東京五輪の延期論議にも少なからず影響を与えそうだ。
新型コロナがまん延するなか、「今回は中止になっても仕方がない」という諦めに近いムードが漂っていたのも確かだ。こうしたなか急浮上した延期論議だが、予定通り開催を求める側からは中止はもちろん延期に対しても否定的な意見が出ている。しかし、欧米などにも急速に感染が拡大していることも考慮すると、中止よりも延期とすることで、少なくとも新型コロナ収束後の経済復活への足掛かりになるとの見方もある。仮に、延期という判断がされた場合、新型コロナの影響を業績に織り込むことで、東京五輪関連株は次のステップに向かうというシナリオが描かれる可能性も少なくない。
●相次ぐイベント中止に「ケースバイケース」
新型コロナの感染拡大で、イベント中止が相次いでいる。加えて五輪開催が危ぶまれるなか、イベント関連の企業の業績にも影響が出そうだ。直近では、ディスプレー大手の丹青社 <9743> が12日取引終了後に決算を発表。20年1月期の連結営業利益は前の期比13%増の56億7700万円になったものの、これを受けた翌日の株価はストップ安に売られた。また21年1月期通期の見通しについては、営業利益を前期比7.4%増の61億円としたが、新型コロナ感染症拡大による影響を精査中とし、織り込んでいないとしたことも影響したようだ。五輪による需要拡大への期待が大きかっただけに、その反動への警戒感が株価に反映された格好だ。
同社では「イベントについては、今後開催がどういう方向に進むかは分からないが、全ては契約単位での対応となりケースバイケースだ。今後、発注者と協議を重ねていくことになる」(IR)とし、五輪開催についてさまざまな論議がされていることについては「いずれにせよ、決定されたことに全力で対応していく」と話す。
●いったん「アク抜け感」も
イベント関連株では、丹青社のほかに乃村工藝社 <9716> 、博展 <2173> [JQG]が注目されている。特に乃村工藝は、東京オリンピック・パラリンピックのオフィシャルサポーター(内部空間・展示空間のデザイン、設計、施工)であり、開催中止となればその影響は小さくなさそうだ。加えてスポーツイベントに強みを持つセレスポ <9625> [JQ]、PRや広報代理業を展開しスポーツ選手のマネジメント事業を手掛ける点でも注目されていたサニーサイドアップグループ <2180> などは、オリンピックイヤーを手前に注目度がアップしていた。延期論が出るなか、あるイベント関係者はコメントしにくいとしながら「事業者との間で既に契約は成立しているとはいえ、影響は小さくない。延期となると、次回の契約については白紙となり不透明な部分も多く、できればこのまま開催されることが望ましい」とも話す。
また、東京五輪の動向は、アシックス <7936> 、ヨネックス <7906> [東証2]、ゴールドウイン <8111> 、ミズノ <8022> 、デサント <8114> 、ゼット <8135> [東証2]などスポーツ関連の企業業績に、当然のことながら大きな影響を及ぼす。特に、アシックスは東京五輪のスポーツ用品カテゴリーで唯一のゴールドパートナーなだけに開催の行方が気になるところだ。同社では、五輪開催について「現在のところ、答える状況にない」と話す。
ブーケ・ド・フルーレット代表の馬渕治好氏は「東京五輪・パラリンピックについては現時点で政府は予定通り開催する方針を示しているが、現実問題として50%以上の確率で流れる可能性がある。ただし、株式市場も当然ながらこれについては織り込みが進んでいると思われる。仮に五輪中止が発表されれば、株式市場は一時的にはショック安の動きをみせる可能性があるが、これによって日本株売りが続く要素は少ないと考えられる。企業収益への影響という点では、五輪の前工程の需要、つまりインフラ整備や準備段階投資については既に終了していることで問題は生じない。懸念されるのは後工程、開催期間中もしくはそれに前後してのインバウンド特需の喪失だが、これは宿泊施設やレジャー関連など限定的な業種にとどまる。全体の経済波及効果など試算しにくい部分はあるが、基本的に一般に思われているほどのダメージは受けないのではないか」と話す。こうしたなか、市場関係者からは、どのような形であれいったん結論が出ることで、五輪関連の株価には「アク抜け感」を指摘する声も出ている。
●厳しい環境続くインバウンド
東京五輪に関連する銘柄のすそ野は広い。13年に、56年ぶりとなる誘致が決定した東京五輪をリード役に訪日客需要が急拡大し、安倍政権が推し進めてきた景気復活への大きな要因のひとつとなった。既に一巡した建設需要などを除けば、観光、消費など「東京五輪」と「インバウンド」関連株はほぼ一対をなす関係といえる。中止ではなく延期の決断がされた場合、もちろん新型コロナの収束が大前提ではあるが、インバウンド需要復活への道程には光明がさすことになる。
サプライチェーンへの影響など経済活動が大打撃を受けるなか、株価の暴落は五輪需要が牽引してきたインバウント関連に限ったことではない。しかし、インバウンド関連は訪日客需要が長期間にわたり見込めないことが予想され、特に厳しい状況に置かれているのも事実だ。訪日客のみやげ需要を捉えインバウンド関連株の牽引役として、投資家の注目を集めてきた寿スピリッツ <2222> が、2月3日に発表した20年3月期第3四半期累計の連結営業利益は前年同期比43.4%増の61億9000万円となり、通期計画の69億7000万円に対する進捗率は89%に達したが、インバウンド需要が急速に縮小するなか不安が募っている。
宿泊施設も大きな痛手をこうむっている。五輪需要どころか、国内客からもキャンセルが相次ぐ状況に、インバウンドを中心に展開してきた中小ホテルのなかには、経営が破綻するものも出るなど、影響は大きい。インバウンド関連の中核としても期待されてきた、ドーミーイン事業でホテルを全国展開する共立メンテナンス <9616> 、椿山荘などを展開する藤田観光 <9722> 、関西の名門ホテルとして知られるロイヤルホテル <9713> [東証2]などホテル関連株も厳しい環境が続く可能性が高い。仮に東京五輪が予定通り開催されたとしても、観光客の戻りの鈍さが予想され、まずは新型コロナの収束、そしてそこからの日本の安全と信頼性の回復が重要になりそうだ。
●近づく決断の時
ここにきて、さまざまな開催案も伝わるなか、延期に向けたムードも醸成しつつあるようだ。とはいえ、最終的にはIOCの結論を待つことになる。新型コロナによる肺炎収束への道のりは険しく、先の見通せない状況が続くが、いずれにせよ決断のタイムミリットは近づいている。
7年前の9月7日、東京開催が決まり日本列島は祝賀ムードに包まれた。しかしその後、開催施設への批判や酷暑問題があげつらわれ、お祭りムードはしぼんでいった。仮に延期となった場合、新型コロナの影響から脱し、復興に向けた象徴とすることで、再び未来への期待を感じさせるイベントとなるかもしれない。
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