武者陵司「2021年コロナ制圧、世界同時好況が視野に、怒濤の日本株高も」<後編>

市況
2020年12月4日 10時00分

武者陵司 「2021年コロナ制圧、世界同時好況が視野に、怒濤の日本株高も」<前編>から続く

(3)ポストコロナ、米金融政策転換、ドル高がいつ起きるか

◆米実質金利低下はインフレ期待が低下しないため、それは潜在的ドル高要因

今、国際金融市場ではドル安がコンセンサスとなっている。米国が世界で最も積極的な金融財政緩和を打ち出しており、ドル供給が潤沢になったことが要因である。加えて、ゼロ金利政策の下で米国の実質金利が-1.2%と世界最低となったことが、ドル安論を大きく後押ししている。実質金利差は為替市場において最も重要なトレンド決定要因とされており、この米国実質金利低下が、ドル安観測が広く共有される大きな要因になった。

しかし、この積極的財政金融緩和は2021年~22年にかけて、米国経済が先進国中で最も力強く回復することを予見させる。そのもとで金融政策転換が見えてくれば、ドルは大きく強まるだろう。また、米国実質金利の大幅な低下の主因は、ゼロ金利にあるのではない。短期政策金利は米国のみならず、日欧も共通してゼロ近辺である。米国の実質金利が著しく低いのは、コロナ感染下にあっても米国のインフレ期待が全く低下しなかったことにある。TIPS(物価連動国債)から逆算した米国の長期期待インフレ率(10年債利回り-TIPS)は1.6~1.7%とほとんど低下していなかったことは、米国経済のインフレ基礎体力が相当強いことを示唆している。米国は先進国の中で最も経済成長に対する自信が強く、故にインフレ期待が高いのであり、そのことが米国の実質金利をことさらに押し下げているといえる。

この経済に対する自信、インフレ期待の相対的高さは、金融政策の転換をいち早く必要とし、長期的にはドル高を招く要因である。すでに米国長期金利は8月の0.5%で底入れしており、実質金利も上昇に転じている。FRBは対コロナ戦のためにさらなる金融緩和の体制を整えているが、他方で5~6月以降QE(量的緩和)を抑制しマネタリーベースの増加を止めている。過剰な流動性供給が投機過熱を招くリスクを警戒している表れともみられる。

米国の超金融緩和継続とドル安という議論は、with corona(ウィズコロナ)が続く間の期間限定ストーリーと割り切るべきであろう。米エール大のスティーブン・ローチ氏は米国の双子の赤字がドルの急落をもたらすと主張しているが、それは米国の産業競争力が瓦解し貿易赤字が急増した1980~90年においてのみ通用する議論である。米国経常赤字は1985年に対GDP(国内総生産)比3.4%、2006年5.7%と悪化していたが、2020年2Qは2.6%と大きく抑制されている。また、経常収支のうち米国が圧倒的競争力を誇る、サービス輸出と一次所得収支(米企業・個人の対外投資からくる果実)は20年前の900億ドルから2019年には5068億ドルへと拡大しており、大きな外貨の稼ぎ手になっている。

◆円高回避の手段、財政出動が金融政策の自由度を高める

他方、日本側にも円安を期待させる要因がある。スガノミクスである。菅氏は株式と為替に強い関心を持った指導者である。また、積極財政論者の高橋洋一氏を内閣参与に指名したことから、経済回復によるデフレ脱却のためには財政出動が必要なことを理解しているとみられる。アベノミクススタート前の2012年、日本の財政赤字(対GDP比)は8.2%であった。それが消費税増税を挟み2018年には2.3%へと急縮小した。アベノミクスの最初の6年間、財政緊縮は毎年1%の成長下押し圧力になり続けたのである。2010年代の主要国と比べての日本の低成長は、この財政緊縮路線によるものであった。しかし、コロナを奇貨として、日本は長期財政緊縮路線から拡大路線に舵を切った。財政赤字(対GDP比)はIMF見通しによると、2020年は14.8%と米国の18.0%には及ばないものの、ユーロ圏の10.0%を大きく上回っている。加えて、真水でも15兆円を超えるとみられる第3次補正が計画されている。

菅氏は官房長官時代、財務省(財務官)、金融庁、日銀の3者会合を主催し財政金融の連携体制を強化してきた。日銀はイールドカーブコントロールにより、長期金利の上昇を容認する一方、地銀の当座預金に付利を与えるなどの事実上の補助金を導入し、マイナス金利の深掘りという円高回避の奥の手を準備している。1ドル=100円以上の円高の壁が固いことが分かれば、投機筋はいずれ大幅な円安をチャレンジするかもしれない。

このように、2021年は(タイミングはわからないが)世界同時好況と日本株高を引き起こすという基本的趨勢のもとにある、と考えられる。世界景気と市場は、before corona(ビフォーコロナ)⇒ corona shock(コロナショック)⇒ with corona(ウィズコロナ)⇒ after corona(アフターコロナ)と推移する過程で、ローラーコースター的展開を見せるだろう。コロナパンデミック当初の緩慢な景気回復、超金融緩和下の低金利・ドル安/金高・グロース株選好の株高は、いずれafter coronaを展望する移行期に入る。金融政策転換・金利上昇・ドル高/金下落・バリュー株/新興国株・日本株選好の株高という形になるだろう。

(4)コロナが加速する歴史の歯車

コロナ以前から2つの歴史的趨勢が起きていた。(A)ビジネス、生活、金融、政治のすべてを覆いつくすIT・ネット・デジタル化、(B)財政と金融の肥大化による大きな政府の時代である。しかし、こうした歴史的趨勢は、牢固な障害物により展開を阻まれ、それがここ10年近く世界経済の桎梏となっていた。障害物とは、ネット化に対しては既存の慣習・制度・変わりたくない抵抗勢力、大きな政府に対しては、健全財政信仰、緊縮金融信仰である。

これらの阻害要因が歴史の流れを押しとどめ、澱みができ、政治・制度・経済・社会・生活などで大きなひずみが起こっていた。コロナパンデミックはこれらの阻害要因をことごとく壊し、歴史的趨勢を加速させると考えられる。

コロナ感染が沈静化した時、世界経済はより活力を高めているはずである。本来なら何年もかかり、多くの失敗の後にようやく辿り着いたであろうこれらの結論に、コロナパンデミックにより瞬時に到達できた。このことの意義は大きい。

◆コロナで思い知った技術の大進歩

コロナ発生後の世界で人々が最も驚いたことは、いかに技術が進化していたか、ということであろう。在宅勤務在宅授業在宅診察などにより大半のビジネスと生活は、直接の人的接触なしに遂行できている。ネットワークの技術基盤がすでに整っていたのである。しかし、古い仕組み、慣習、規則・規制、無知などによって、その実用化が阻まれ、これまでそうした市場・ニーズは全く生まれていなかった。

コロナでインターネット活用の障害物、古い制度・習慣・変わりたくない抵抗勢力が吹き飛んだ。人と人との直接接触を避ける切り札としてのネット化が、有無を言わせない至上命令となった。企業の外部閉鎖性の改革、労働時間の短縮・フレックス化、兼業・副業の常態化、テレワークの障害物であったハンコ文化の一掃、ドキュメントの紙からデータへの転換も一気に進んでいる。多様な方向で労働編成改革が断行される。

◆財政金融の全面緩和で世界経済加速局面へ

コロナが押し流したあと1つの障害は、財政・金融健全性神話である。従来、各国政府は財政の健全化を〝錦の御旗〟とし、財政赤字の抑制を最重点政策課題としてきた。例えば、ユーロ圏参加国は財政赤字対GDP比3%以下、政府債務対GDP比60%以下という厳しい財政規律が求められてきた。しかし、今回のショックでできることは何でもすべきとの緊急性の認識が共有され、各国の政策当局が足並みを揃えて財政政策の禁じ手が解禁された。米国の2020会計年度(19年10月~20年9月)の財政赤字は前年度比3倍の3.1兆ドル、対GDP比では戦後最大の16%に膨らんだ。連邦政府債務も27兆ドル弱とGDP比で126%まで膨張し、第2次世界大戦直後を超えて過去最大になった模様である。国際通貨基金(IMF)は先進国の政府債務対GDP比は126%と第二次大戦時120%に匹敵すると予想している。また、EUは初めて7500億ユーロの財政資金を復興支援に投入することを決定した。

◆財政緊縮の経済思潮の後退

現代貨幣理論(MMT)、シムズ理論(FTPL)など、財政を有効活用する経済理論と政策は、大多数のエコノミストの反対に合い、実現は困難であった。しかし、奇しくもコロナパンデミックにより財政の桁外れの拡大は不可避となった。これまでこの超積極的・拡張的財政は禁じ手であるという経済思潮が、学者、エコノミスト、メディアを支配してきたが、その根拠は乏しい。それどころか 、ケインズ以来の有効需要理論が一段と求められる時代である。金融システムの守護神であるIMFチーフエコノミストのギタ・ゴピナス氏が、"Global liquidity trap requires a big fiscal response"「世界的流動性の罠が大きな財政出動を求めている」とフィナンシャル・タイムズ(FT)紙上で訴えた(11月2日付)ことが、世界の経済思潮の大変化を示している。

そもそもコロナ感染が発生する前の世界経済は、「物価低下圧力=需要不足」と「金利低下圧力=金余り」という二つの根本的困難を抱えていた。需要不足はインターネット・AI(人工知能)ロボットによる技術革命が生産性を押し上げ、供給力が高まっていたために引き起こされた。金利低下は企業の高利潤(生産性上昇によって企業が獲得した付加価値)と家計の過剰貯蓄が購買力を先送りしているために引き起こされた。よって、財政と金融双方の拡張政策で余っている資金を活用し、需要を喚起することが必要であった。コロナパンデミックを契機に、遊んでいた資本と供給力が活用されれば、景気はコロナ感染前より良くなるはずである。

(2020年12月3日記  武者リサーチ「ストラテジーブレティン267号」を転載)

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