需給の壺―金の需給③―【若桑カズヲの株探ゼミナール】

第24回:金の需給③
―「第三のクジラ」の正体。中国という変数が、金市場の地図を塗り替える―
市場価格を動かす本質的な要因は、需要と供給、すなわち「需給」に尽きる。経済指標や金融政策、地政学リスクといった政治情勢のほか、他の金融市場の動向など、しばしば価格変動の要因として語られる指標は、あくまで需給を変動させる「きっかけ」に過ぎない。本連載では、この「需給の壺(ツボ)」を読み解くことを目的とし、マーケットにおける需給の基本構造とその変遷を追いながら、未来への洞察を試みる。
前回は、金市場を覆う「2026年の沈黙」の正体を解剖した。地政学リスクという本来なら最強の買い材料があっても価格が伸び悩む背景には、原油高に起因する金利上昇と、通貨防衛に追われた新興国の中央銀行による「強制的な売り」という二重の逆風が存在した。では、この膠着状態のなかで、ひとり独自の論理で動く「第三のクジラ」がいるとしたら、どうだろうか。それが中国である。
中国という変数を理解するためには、まず「なぜ中国は金に対して、これほど執着するようになったのか」という問いに答える必要がある。しかし、その答えは現在の需給データだけを眺めても見えてこない。1970年代から連綿と続く、ドル覇権と中国の相克という歴史的な文脈の中にこそ、核心が潜んでいると考える。
◆ドル覇権の「構造」――なぜ世界はドルを使い続けるのか
話を金市場から少し引いて、国際通貨体制の歴史を確認したい。1971年のニクソン・ショックによって金とドルの兌換が停止されたとき、多くの識者は「ドルの地位が失墜する」と予測した。しかし、現実は逆だった。ドルは金という「裏付け」を失った後も、むしろその影響力を世界中に拡大させていったのである。理由の一端は、1973年から74年にかけて米国とサウジアラビアをはじめとする主要産油国との間で成立した通商上の取り決め(通称ペトロダラー協定と呼ばれる)の存在にある、といわれている。
これにより原油取引が事実上、ドルで決済される慣行が固定化された。この結果、世界中の国が原油を買うためにドルを必要とする構造が生まれたのである。エネルギーが「ドルでしか買えない」という実需を通じて、ドルは金という裏付けを失った後も、世界の基軸通貨として君臨し続けることができた、と考えられる。
さらに、ドル覇権を支えるもう一つの柱が「米国債」である。貿易で稼いだドルを持つ国々は、そのドルを米国債という形で再投資することで利回りを得る。これを「ドルの環流(リサイクル)」と呼ぶ。産油国が稼いだオイルマネー、すなわち外貨準備を米国債で運用することで、米国の財政赤字を事実上ファイナンスし続け、かつ米金利を安定させる、という巨大な資金の循環が始まった。ドル覇権とは単なる「ドルへの信頼」ではなく、原油・貿易・国債という実体的な連鎖によって支えられた「構造的な依存関係」なのである。
◆中国の台頭と「ドルへの不満」
この構造に対して中国は、最も鋭い対抗意識を持ってきた。改革開放路線を採用した1978年以降、中国は輸出主導型の経済成長を加速させ、世界の工場としての地位を確立していった。その過程で膨大な貿易黒字を積み上げた中国は、必然的に世界最大規模の外貨準備を保有するようになる。わが国の財務省統計によれば、中国の外貨準備残高(除く金)は2026年1月時点で約3.46兆ドルと、2番手である日本(約1.26兆ドル)を大幅に引き離して世界首位に立っている。
図1 外貨準備額ランキング、および外貨準備に対する金の保有比率と金の保有量

出所:WGC、2025年10月末現在
しかし、その大部分はかつて米ドル建て資産、なかでも米国債であった。ここに中国が抱える根本的なジレンマがある。中国が輸出で稼ぐほど、米国債の保有残高が増える。米国債を大量に売ろうとすれば、価格が暴落して自らの損失になるだけでなく、ドルの急落を招いて輸出競争力も損なう。かくして中国は「ドル建て資産を売れない構造」に自縄自縛となった。
この不満が決定的な形で噴出したのが、2008年のリーマン・ショックである。翌2009年3月23日、中国人民銀行の周小川総裁(当時)は、「Reform the International Monetary System(国際通貨システムの改革)」と題する論文を発表した。この論文で周総裁は、ドルに代わる「特定の国家と切り離された、安定的な国際準備通貨」としてのSDR(特別引出権)の拡充を提唱し、国際的な話題を呼んだ。このときから中国は「ドル依存からの段階的な脱却」を国家戦略の一つとして明確に位置づけ始めた、と考えられる。
◆世界最大の金産出国・中国
中国の金市場を読み解くうえで、まず押さえておくべき事実がある。中国は世界最大の金の産出国でもあるという点だ。米国地質調査所(United States Geological Survey、USGS)の「Mineral Commodity Summaries(鉱物商品概要)2026」によれば、2025年の世界の金鉱山生産量は推定3300トンであった。生産量の多い順に中国、ロシア、オーストラリア、カナダ、米国が主要な金生産国であり、これら5カ国で同年の世界生産量の推定41%を占めた。一方、中国黄金協会の統計では、2025年の国内金原鉱生産量は約381トンに上る。
図2 中国の金保有量と保有比率

出所:WGC、四半期データ
問題は、この大量の国内産出金が輸出されないという点だ。中国では金の輸出は一般貿易において事実上禁止されており、採掘された金は国内にとどまる。さらに、輸入についても人民銀行が免許制度を通じて管理しており、ライセンスを持つ十数行の金融機関のみが輸入を許可されている。上海黄金交易所(Shanghai Gold Exchange、SGE)は人民銀行の管轄下に置かれ、輸入された標準金はすべて最初にSGEを通じて売却されることが義務付けられている。つまり、中国の金市場は制度的に管理されつつも、「入り口は広く、出口は極めて狭い一方通行」の構造になっている。
こうした中国の制度設計のもとでは、国内で産出される金、国外から輸入される金の行き先の少なくとも一部が、非公開の形で人民銀行の保有残高に加算されている、との見方が市場では根強い。ただし、実態は不透明であり、断定的な記述は避けるべきだろう。中国の金保有量データは1977年から存在しているが、公表頻度は不定期であり、月次で報告されるようになったのは2015年に入ってからであった。それでも2009年6月末と2015年6月末に大きく増加したほか、2022年以降にも購入ペースが明らかに加速している。次回は、その要因が一体何であるのかをみていこう。(第25回に続く)
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。
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