【伊賀大記のクロマなマクロ展望】2026年下半期の日本市場を左右する3つの重要テーマ
2026年も後半戦に突入した。上半期の日本市場の動きをやや乱暴にまとめれば、「円安」、「株高」「金利上昇」が進んだ半年間だった。海外勢の需給動向など上半期のデータもそろい始めたので、1)円安と株高、2)円安と金利上昇、3)株高と金利上昇の3つのテーマで検証。金融市場を横断的に俯瞰する「クロスマーケット(クロマ)」な視点から下半期を展望する。
1)円安と株高:アベノミクス相場以来のダブル・デッカー復活か
「ダブル・デッカー(2階建て)」と呼ばれる取引手法がある。海外勢が日本株に投資しても、円安が進めばドル建てではあまり儲からない。そこで日本株買いと円売りを組み合わせて、円安による株高の目減り分を円売りでヘッジするという取引手法で、ロンドン名物の2階建てバスになぞらえて、そう呼ばれる。
12年11月半ば以降の円安・日本株高、いわゆる「アベノミクス相場」において、海外投資家が行ったと言われている取引手法だ。海外勢は12年11月後半から13年末までに、日本株を現物、先物合計で約18兆7000億円を買い越し。その間、米商品先物取引委員会(CFTC)の投機筋(非商業部門)の円売り越しポジションは約10万枚増加した。
その後は、海外勢は日本株の売り越しと買い越しを繰り返すようになり、「ダブル・デッカー」取引は沈静化。25年も日本株は大きく上昇したが、ドル円は1年を通してみれば「往って来い」で円安は進まなかった。海外勢は日本株を約3兆7000億円の買い越しだったが、投機筋の円先物ポジションは25年を通じてほぼ買い越しだった。
しかし26年に入って、海外勢の円売りと日本株買いが再び同時に起きている。年初から6月26日までに海外勢は現先合計で日本株を3兆9000億円の買い越し。特に現物株を大幅に買い越しているのは13年と同じ状況だ。為替市場でも投機筋の円先物ポジションは昨年末時点では8000枚の円買い越しだったのが、6月30日までに15万5000枚の売り越しに転じた。
25年と26年の違いは何か。25年に円安が進まなかったのは米国が利下げを行う半面、日銀が利上げを行うことで日米金利差縮小が期待されたことが一因だが、26年に入り状況は一変。米国もインフレ抑制のために利上げに転じるかもしれない状況に変わった。一方、日銀は利上げペースの遅れが指摘されている。財政拡張への懸念もあるようだ。25年よりも今年の方が、円安進行に対する警戒感が一段と強くなっていることが、投機筋の円売りに拍車をかけている可能性がある。
いまの株式市場の主役はAI(人工知能)や半導体などハイテク株だ。言うまでもなく輸出企業にとって円安はメリットだ。円安による業績拡大を期待する一方で、海外勢にとっては円安によるドル建て日本株の目減りを防ぐというのは理に適った投資方法と言えよう。
では今後はどうなるのか。日本株が上昇に転じれば、海外勢の円売りも継続する可能性があるが、日本株の下落が続くようであれば、円売りの逆回転(円買い戻し)に注意が必要だろう。実際、「アベノミクス相場」の中盤ではそれが起きた。
13年に続き14年も海外勢は日本株を買い越したが、15年は3兆2000億円、16年は2兆1000億円の売り越しに転換。日経平均株価は15年5月に2万円台だったが、16年6月に1万5000円を割り込んだ。ドル円は15年5月の120円台から16年6月には100円を割り込むまで円高が進行。その間に投機筋の円先物ポジションは売り越しから買い越しに転じた。
今年上半期、海外勢の日本株買い越しは約3兆9000億円だが、25年を合わせれば約7兆6000億円になる。投機筋の円先物ポジションはネットでは約15万5000枚だが、円ショートのみでは過去最大の約26万枚に膨らんでいる。逆回転の余地は小さくない。
「アベノミクス相場」での逆回転は成長戦略への失望が一因だったが、今回の株高はグローバルなAI相場が背景にある。もし逆回転するとしたら、日本要因というより、AI需要への期待剥落が要因になるかもしれない。
2)円安と金利上昇:円と債券の同時安は「日本売り」を示すものなのか
円安と金利上昇(債券安)が同時に起きると、市場の一部からは「日本売り」ではないかという声が必ずと言っていいほど上がる。ただ海外勢の需給からみると、必ずしもそうではない。
為替では前述のとおり、海外投機筋の円売り越しが今年上半期に増加したが、日本国債の売買では海外勢は5月まで大幅な買い越しだ。日本証券業協会が公表している国債売買高によると1月から5月までの累計で約16兆5000億円。2位の信託銀行(年金)が7兆1000億円だから2倍以上だ。
需給的にみると、日銀が国債買い入れの量を減らしていく際、銀行など国内勢の買いが弱ければ円金利上昇の要因となるのだが、海外勢が買い越してくれているおかげで金利の急上昇が抑えられているとみることもできる。少なくとも為替の円と日本国債を同時に売っている様子はうかがえない。
ただ、6月以降に海外勢が日本国債を売り越しに転じているのは気になる。財務省および日本取引所(大阪取引所)のデータでみると7月3日までに現先合計で約3兆4000億円。これまでの大幅買い越しの反動とみることもできるが、トップの買い越し主体であった海外勢が売り越し基調に転じれば、金利上昇に拍車がかかるため要注意であることは確かだ。
足もとの円金利上昇の要因はさまざまだ。日銀の利上げや国債買い入れの減額、海外金利の上昇、インフレ予想など多岐にわたる。日本の経済成長への期待もあるかもしれない。財政懸念が反映されるターム・プレミアム(上乗せ金利)が上昇していると指摘されており、財政悪化への懸念も一因とみられるが、それのみで円金利が上昇しているとは単純に言えないだろう。
為替の円売りも、投機筋以外に原油高やデジタル収支悪化による貿易赤字の拡大、対外証券投資の増加など、構造的とも言える円売りフローの増加が指摘されている。それら全てをひっくるめて「日本売り」が発生していると言うのは少々乱暴ではないか。
しかしながら、「日本売り」が発生していないからといって安心していいわけではない。円売りと日本国債売りが連動して起きる事態には常に警戒が必要だ。日本の財政状況は改善しているが、これはインフレのおかげでもある。財源を国債に頼ったバラマキ的な財政拡張策と受け止められれば、海外勢も本格的に日本国債を売り始め、為替の円安も止まらなくなる恐れがある。高市早苗政権の「責任ある積極財政」における「責任」の部分が重要になってくるが、最近、財政規律を測る「ものさし」を緩めようとしているのは気になる点だ。
3)株高と金利上昇:不安を払拭するのは、企業が業績拡大を示すこと
上半期の日本市場では金利上昇と株高が同時に発生した。一般的に金利の上昇は株価にとってネガティブ要因だが、なぜ株価は上昇したのか。
一つはキャピタルゲイン(株高)への期待が大きかったからだろう。株式市場の上半期の主役はAIや半導体関連などのハイテク株だ。これらの企業の業績は急拡大しており、今後の期待を含めて株価が急上昇した。通常、東証プライム全銘柄の配当利回りと10年物国債の利回りの違いは1%程度だが、今年は2ケタ以上の株価上昇率を記録したハイテク株が続出している。
グロース株(成長株)が金利上昇に弱いのは、将来生み出す利益(キャッシュフロー)の現在価値が目減りすることと、借入コストが上昇するためだが、金利上昇のデメリットを大きく上回る業績拡大期待が株高の原動力となったと言える。
東証プライム全銘柄の予想配当利回りは、日本経済新聞によると7月10日時点で2.32%、予想株式益回りは5.64%。新発10年物日本国債の利回りは約29年ぶりとなる2.9%まで上昇し配当利回りを上回っているが益回りよりは低い。国債利回りは魅力的になってきたものの、日経平均が史上初の7万円をつけるような株高局面では、まだ株式の方が魅力的と判断した投資家が多かったということだろう。
ただ、さすがに株価の上昇スピードが速かったのか、ここにきてハイテク株とともに日本株は調整局面に入っている。投資家を不安にさせている要因の一つはAI需要を過剰に見積もりすぎているのではないかという不安が台頭したことだ。急拡大する業績を基準にみるならば、「ハイテク株の株価に割高感はあれどバブルの匂いは依然として薄い。しかし、株価はバブルではなくても、その元となる業績はバブルの恐れがある」というわけだ。株価が上昇していたときには気にならなかった金利も、いったん株価が調整局面に入るとマイナス要因として効いてくる。
ではそんななか、個別株に対しては、どのような見方をすればいいのだろうか。言うまでもなく、26年上半期における個別株の「主役」はキオクシアホールディングス<285A>だ。昨年末から6月22日までに約10倍に上昇。だが足もとでは、約3割超下落している。世界的なハイテク株の調整に、米投資家の保有株売却などが重なったようだ。
PER(株価収益率)は前期実績水準では75倍程度。ここに割高感を感じることは当然だろう。だが、今期予想ベース(日経新聞・7月10日時点)では約10倍にまで低下する。したがって予想通りに業績の急拡大が続くならば、金利上昇も大きなネガティブ要因とはならず、投資家の不安も解消されよう。つまり、非常に基本的で単純ではあるが、AI相場が継続するか否かは、対象となる企業の業績にかかっていると言っていいのだ。
◇伊賀大記(いが・だいき)
金融経済ジャーナリスト。株式専門誌やロイター通信での記者を経て現在フリー。金融市場やマクロ経済に関するトピックをブログ(東京クロマ通信)で毎営業日配信中。