戦争と国債の切れない関係、全市場揺るがす金利上昇 <伊賀大記のクロマなマクロ展望>
金利上昇がすべての金融市場を揺るがしている。金利上昇の原因を探っていくとたどり着くのが戦争だ。イラン戦争による原油高。世界で深まる分断。各国政府はインフレ対策や防衛費で財政を拡大させている。戦費をまかなうために始まった債券市場の歴史。それは今も続いている。インフレや金利上昇を止めるには戦争を止めて、各国が手を取り合うことが一番の解決策なのだが、いまは期待できそうにない。
●戦費調達のため800年前に始まった債券市場の歴史
国債と戦争は切っても切れない関係にある。債券市場の歴史は戦争から始まった。
政府の借り入れはもっと昔からあったが、債券市場は12世紀ごろのイタリアの都市国家フィレンツェで誕生した。フィレンツェは、ピサ、シエナなど他の都市国家と長い交戦状態にあったが、市民の手を汚さないために傭兵を雇って戦争をしていた(これは現代のドローンにも通じる)。
戦争は長引き、傭兵に支払う巨額な資金が必要になった。フィレンツェが借りたのは自国の裕福な市民からだ。彼らは固定資産税を払う代わりに自分たちの市政府にカネを貸すことが義務付けられていたが、その見返りに市民は利子を受け取ることができた。
ポイントは、市民がその権利を譲渡できることだ。つまり市場である。都市国家が戦争で敗れれば、利子が貰えなくなるというリスクはあったが、「額面」に応じて利子が支払われるため、市場で権利が安く買えれば、大きなリターンを得ることができた。
支払いを先延ばし(踏み倒し)できる国債は政府にとって便利な金融商品だ。以来、世界のほぼあらゆる国で戦費調達のため国債が発行され、債券市場はどんどん大きくなっていった。
二つの大戦を経た今も国家間の緊張は続いており、むしろ分断が進む中で、世界各国が防衛費を増額させている。先進国の高齢化で社会保障費が膨らんでいることもあるが、防衛費の拡大が財政拡大の大きな要因となっているのは間違いない。
日本の2027年度一般予算の概算要求額は過去最大の143兆円。そのうち防衛費は8兆8908億円と過去最大だ。金額を明示しない「事項要求」も含まれており、最終的には10兆円を超える可能性があると言われている。
米国でも27年度の国防省の予算要求は1兆4500億ドル(約222兆円、153.5円で計算、以下同)と過去最大。前年度比44%増と冷戦期のレーガン政権を上回る増額だ。世界的に国家間の分断の溝が大きくなり、地政学リスクが高まる中、日米以外の国でも防衛費に増大圧力がかかっている。
財政拡大が国債増発につながるとは限らないが、国債と戦争には昔から強い「結びつき(Bond)」がある。
●戦争はいまも金利上昇の1つの側面
債券の膨張(懸念)が足もとで進む金利上昇の大きな背景だ。
国際金融協会(IIF)が今年5月に公表した四半期報告書「グローバル債務モニター」によると、世界の債務残高は26年3月末時点で過去最高の約353兆ドル(約5京4200兆円)に達している(債務対GDP比は305%でほぼ安定)。円では「京」の単位だ。
米国証券業金融市場協会(SIFMA)によると、25年の債券市場規模(発行済み債務総額)は、世界全体で160兆7040億ドル(2京4668兆円)と推定されている。15年は84兆6159億ドルだったので、10年で約2倍に拡大した。
「公的債務としては2010年代の欧州債務危機のような深刻さはまだない。しかし、当時にはなかったような民間の隠れ債務問題がある。プライベート・クレジット・ファンドや、急増する社債の膨張などが象徴だろう。債務が膨張している状況で金利の上昇は大きな影響を与えかねない」と、瀬川投資研究所代表の瀬川剛氏は話す。
足もとの金利上昇には「良い金利上昇」と言われる面もある。経済成長期待、AI投資・データセンター建設による生産性向上への期待などだ。日本の高市政権のように財政拡大によって成長率を高めようとする国もある。
しかし、AI投資・データセンター建設は、社債増発により国債需給が圧迫される「逆クラウディングアウト」的な側面がある。経済成長は、その反面でインフレや利上げを加速させる可能性もある。今の金利上昇は、良い面と悪い面が絡み合っていると言えよう。
見逃せないのは、今も金利上昇が、戦争と大きくかかわっているという点だ。防衛費増大による財政悪化懸念だけでなく、イラン戦争は原油高を通じて物価高をもたらしている。物価高対策として財政支出を行う政府もあるが、それもインフレ要因になりかねない。ハイテク戦争と化した現代の戦争はAIが不可欠だ。
あまりに速いAIの進化スピードにブレーキをかけるべきだとの意見も出てきた。しかし、安全保障の観点からは、軍事面の優位性に直結するAI開発を止めるわけにはいかない。国防費は世界の緊張が緩まない限り増え続ける可能性がある。社会保障に回せる予算が圧迫されれば、国民の不満が高まり、財政で手当てをするという連鎖も懸念されよう。
●ボンドは「殺しのライセンス」を持つ
金利上昇が続くとすれば、今後のマーケットはどうなるか。
金利上昇には経済成長期といった「良い面」も含まれているため、すぐに株価にマイナス要因になるとは限らない。しかし、成長につながらない財政拡大が続き金利が上昇するようであれば、いつかは株下落の要因になる。日本では長期金利4%が分岐点との見方もあるようだが、いつかはわからない。それは突然やってくるはずだ。
金利上昇を止めるには、財政を引き締めることが一番だが、地政学リスクが高く高齢化も進む今の状況では簡単ではない。選挙で不利になりそうな政策を掲げる政治家は少ないだろう。利上げは将来のインフレ予想を抑制することで、長めの金利低下を促すことができるが、景気の腰を折ってまで実行できるかは不明だ。
もう一つ金利上昇を止める方法として考えられるのは中央銀行が国債を買うことだ。第2次世界大戦では、各国とも国債を発行して戦費をまかなった。戦後ハイパーインフレが起きた反省から、日本では中銀が直接国債を買う引き受けは法律で禁止されているが、間接的に市場から買う方法はいまも可能だ。しかし、財政ファイナンスと受けとめられれば、逆に金利上昇の要因になる。
日本などでは、国民にもっと国債を買ってもらおうとしている。しかし、国民が国債を買う原資が銀行預金だとすれば、銀行が国債を買う原資が少なくなることになる。日本株を売って国債を買えば日本株が下がる。外債を売れば外債金利の上昇につながりかねず、それは日本国債の金利を間接的に上昇させる。すべてうまくいく方法などないのだ。
すぐに国が破綻するような状況ではない。インフレのおかげで税収も伸び、見た目は財政状況もよくなっている。しかし、景気は悪くないのに財政を出す姿は、過去の姿とも違っている。各国は危ない橋を渡っていると金融市場はみている。足もとの金利上昇と、それにともなうリスク資産価格の下落は、それを映しているのだろう。
金利は全ての市場の基礎だ。ボンドは「殺しのライセンス」を持っている。
◇伊賀大記(いが・だいき)
金融経済ジャーナリスト。株式専門誌やロイター通信での記者を経て現在フリー。金融市場やマクロ経済に関するトピックをブログ(東京クロマ通信)で配信中。
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