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【米著名投資家②】「ボストンの賢人」が体現する“ディープ・バリュー投資”の神髄 セス・クラーマン(バウポスト・グループ創設者)

特集
2026年6月19日 10時30分

<13Fで読み解く米著名投資家の売買戦略>

【タイトル】

グレアム哲学の体現者、セス・クラーマン(©REX/アフロ)

◆「ディープ・バリュー哲学」を記した自著は米国投資家のバイブル

日本ではウォーレン・バフェットほどの知名度はないものの、バリュー投資の神髄を体現し続け、米国の投資家やマーケット関係者から深い尊敬を集めているのが、バウポスト・グループの創業者、セス・クラーマンだ。「ボストンの賢人」と言われ、派手な自己アピールを好まず、メディアにもほとんど登場しない。それでありながら存在感が際立っているのは、彼の一貫した投資哲学に多くの投資家が深く信頼を寄せているからだ。

1957年にニューヨークで生まれたクラーマンは、コーネル大学で経済学を修めた後、ハーバード・ビジネススクールを成績優秀者として卒業。1982年に2700万ドルの資金でバウポスト・グループを共同創業し、以来、40年以上にわたり同社を率いてきた。

クラーマンを語るうえで欠かすことができないのが、自身の投資理論をまとめた著書、『Margin of safety(安全域)』の存在だ。91年に出版されたこの書籍は、伝説の投資家、ベンジャミン・グレアムが説いたバリュー投資の概念を、現代の金融市場に当てはめてクラーマンが深化したものだ。長らく絶版となっていたため、米国の投資家の間では“幻の名著”として知られ、一時はオークションサイトで数十万円の値が付くほどだった。

この書籍の中でクラーマンは、「どれだけ儲けるか」ではなく、「どれだけ損を避けることができるか」が重要であるとの持論を示し、リスクを回避しつつも成果が現れるまで忍耐強く待ち続けることこそが、大きな投資成果を生み出すという、彼自身の「ディープ・バリュー投資」哲学を披歴している。

もちろん、この書籍が米国の投資家の間でバイブル視されるのは、実際にクラーマンが率いるバウポスト・グループが数あるヘッジ・ファンドの中でもトップクラスのパフォーマンスを実現してきたからだ。設立以来26年間は年平均20%の運用成果を上げ、運用資産は一時、300億ドルを超えたという。

◆“市場の歪み”を見つけるために、現金50%待機も辞さず

割安株への長期投資を主とするクラーマンの投資スタイルでは、他のファンドのような頻繁な売買は行わない。それでもこの成果を生んだのは、ドットコム・バブルやリーマン・ショックのような下落相場でも資本の毀損を最小限に抑え、逆に回復局面で果敢に買い向かうことができたからだと言われている。企業の本質的な価値を見抜くことで、市場環境の悪化の影響を受けず、むしろそれを好機とする運用手法こそが、クラーマンの真骨頂なのだ。

また、キャッシュ・ポジションに対する考え方も、異彩を放っている。多くのヘッジ・ファンドが短期的な運用成果を求めるために“機会損失”を恐れ、常にフルポジションに近い銘柄保有を続ける中で、「投資すべき対象がない場合には現金で保有する」というスタンスを貫いている。ポートフォリオの50%以上が現金だったこともあるくらいだ。だが、この現金待機は必ずしも「守り」を意味しない。クラーマンにとって現金は、次の“市場の歪み”、つまり企業の本質的な価値を置き去りにした相場下落局面に備え、買い向かうための貴重な資金でもあるのだ。

とはいえ、2010年代以降続いた世界的な金融緩和相場では、各国の中央銀行による相場下支え策もあって企業のバリュエーションが上昇、クラーマンの得意とするディープ・バリュー投資の対象が枯渇し、相対的にパフォーマンスが低下した時期もあった。だが、近年は上場株式以外の領域に資金を投じることによって、市場に現れていない“歪み”に着目して資金を投入。現在(2025年末時点)でも200億ドルを超える資金を顧客から預かり、絶大な信頼のもとで運用業務を担っている。

◆2025年の注目点は、アルファベットの利益確定とアマゾンの新規購入

本連載開始を前に、まずはクラーマン率いるバウポスト・グループの2025年のポートフォリオの変化を振り返ってみよう。同社は投資哲学上、不必要な売買を行わず、それゆえ他のファンドに比べれば静的なポートフォリオだと言われる。だが、「13F」を凝視すると、それでも機に応じて同社らしい「バリュー投資」理論に沿った、ウエイト調整が随所で行われていることが分かる。

【2025年 1Q】総評価額:34億9606万ドル
順位社名<ティッカー>評価額保有比率保有株式数
(前期比)
1ウィリス・タワーズ・ワトソン<WTW>5億1559万ドル15%152万株 (↓)
2アルファベット C<GOOG>3億2464万ドル9.3%207万株 (↑)
3ウエスコ・インターナショナル<WCC>3億1147万ドル8.9%200万株 (↑)
4リバティ・グローバル C<LBTYK>2億9515万ドル8.4%2465万株 (↓)
5フィデリティ・ナショナル・インフォメーション<FIS>2億6085万ドル7.5%349万株(新規)
【2025年 2Q】総評価額:41億3004万ドル
順位社名<ティッカー>評価額保有比率保有株式数
(前期比)
1アルファベット C<GOOG>4億6724万ドル11%263万株 (↑)
2ウエスコ・インターナショナル<WCC>4億884万ドル9.9%220万株 (↑)
3ウィリス・タワーズ・ワトソン<WTW>4億279万ドル9.8%131万株 (↓)
4CRH<CRH>3億5117万ドル8.5%382万株(↑↑)
5フィデリティ・ナショナル・インフォメーション<FIS>3億852万ドル7.5%378万株 (↑)
【2025年 3Q】総評価額:47億9080万ドル
順位社名<ティッカー>評価額保有比率保有株式数
(前期比)
1レストラン・ブランズ・インターナショナル<QSR>5億2933万ドル11%825万株(↑↑)
2アルファベット C<GOOG>4億5255万ドル9.4%185万株 (↓)
3エレバンス・ヘルス<ELV>4億2619万ドル8.9%131万株(↑↑)
4CRH<CRH>4億566万ドル8.5%338万株 (↓)
5ウィリス・タワーズ・ワトソン<WTW>3億7621万ドル7.9%108万株 (↓)
【2025年 4Q】総評価額:52億7859万ドル
順位社名<ティッカー>評価額保有比率保有株式数
(前期比)
1レストラン・ブランズ・インターナショナル<QSR>5億5132万ドル10%808万株 (→)
2アマゾン・ドット・コム<AMZN>4億8965万ドル9.3%212万株(新規)
3ウィリス・タワーズ・ワトソン<WTW>4億4610万ドル8.5%135万株 (↑)
4エレバンス・ヘルス<ELV>4億4495万ドル8.4%126万株 (→)
5ユニオン・パシフィック<UNP>3億7641万ドル7.1%162万株 (↑)

※保有株式数の前期比は5%未満の増減は→、5%~50%の増減は↑↓、50%以上の増減は↑↑・↓↓で表現。

2025年の四半期推移を見ると、バウポストの株式ポートフォリオの総評価額は年初から年末にかけて段階的に拡大している。だがそのペースは極めて緩やかであり、一気にリスクを引き上げるような動きではない。

トップ5銘柄の顔ぶれを通年で俯瞰すると、年前半は人事コンサルティング大手のウィリス・タワーズ・ワトソン<WTW>、物流大手のウエスコ・インターナショナル<WCC>といった安定的なキャッシュフローを持つ企業群が中核を占めた。印象的なのは、同じく上位銘柄のリバティ・グローバル<LBTYK>の存在だ。同社は世界有数の複合メディア企業だが、子会社のスピンオフによって減損が発生し、2025年12月期が巨額赤字決算になるとともに、株価も2025年を通して低迷している。バウポストは2024年第4四半期に同社を大きく買い増して以降、比率を下げながらも保有し続けているが、クラーマンの目には、同社の実態と市場の間に歪みが映っているのかもしれない。

ハイテク企業では、年前半のアルファベット<GOOG>の段階的な買い増しが目につく。同社はこの時期、ビッグテックと言われる企業の中で、AI相場に出遅れていると目されていた。底値を狙ったのだとすれば、さすがと言わざるを得ない。年後半にかけて同社のウエイトを段階的に引き下げたのは、利益確定のためだろうか。

一方、第4四半期には注目すべき動きがあった。アマゾン・ドット・コム<AMZN>を新規取得し、数億ドル規模のポジションを一気に構築、一躍主要保有銘柄の一角に浮上したのだ。この動きは、クラーマンが従来の典型的なバリュー株に加え、質の高い大型グロースにも意図的に資金を振り向け始めていることを示唆する。

2025年のポートフォリオ変化を総じて言えば、クラーマン流の「守りのバリュー」を基軸としながらも、「相対的に割安と判断した成長株」にまで投資対象を広げた一年だったと言える。

◆クラーマンのポートフォリオは相場変調を示す“炭鉱のカナリア”か

ここまで簡単に、クラーマンの投資哲学と2025年の「13F」のポートフォリオの変遷を概観した。2025年を通じて確認できるのは、株式ポートフォリオの緩やかな拡大と、銘柄選択の幅の広がりだ。特に年後半に見られた新規投資やポジション調整は、クラーマンが市場環境の変化をどのように捉えているかを示す重要なシグナルと言える。

ただし、現在のバウポストの資金配分は、株式は全体の20%超に過ぎず、それ以外は現金とディストレスト債(経営破綻企業の債権)やプライベートクレジットなどが占めている。言い換えれば資金の80%弱が「13F」には反映されていないのだ。これが何を意味するのか。つまり、現在の相場環境は、クラーマンが得意とする「ディープ・バリュー投資」の対象となる企業が次々に現れるような局面ではないことを示しているのではないか。

「13F」で現在のバウポスト全体の投資状況を掴むことはできないかもしれない。だが、もし、クラーマンが“市場の歪み”を感じれば、“炭鉱のカナリア”のように、「13F」にその兆候が明確に示されるはずだ。本連載では、こうしたポートフォリオの変化を定点観測しながら、クラーマンがどの銘柄に資金を振り向け、どのタイミングでリスクを取っているのかを読み解いていく。相場の大変調を予測する手段としても活用できるのではないだろうか。

◆セス・クラーマンの投資スタイルとこれまでの足跡については、以下の記事でも詳しく解説しています。ぜひ、ご参照ください。

バウポストのセス・クラーマン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【34】

バウポストのセス・クラーマン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【34】

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