かつて注目の「ROE8%超え」を、投資戦略に活用する
大川智宏の「日本株・数字で徹底診断!」 第24回
智剣・Oskarグループ CEO兼主席ストラテジスト
2005年に野村総合研究所へ入社後、JPモルガン・アセットマネジメントにてトレーダー、クレディ・スイス証券にてクオンツ・アナリスト、UBS証券にて日本株ストラテジストを経て、16年に独立系リサーチ会社の智剣・Oskarグループを設立し現在に至る。専門は計量分析に基づいた株式市場の予測、投資戦略の立案、ファンドの設計など。日経CNBCのコメンテーターなどを務めている。
久々に日経平均株価は2万1000円の大台を回復し、外部環境についてもわずかながら明るい兆しが見え始めてきました。ブレグジット、香港騒動、米中貿易摩擦といった数々の懸案事項が同時に好転し始めたことによる上昇ですが、世界的な景気後退の懸念自体に大きな変化は見られず、手放しで喜べる状況ではありません。
雇用は堅調なものの、米サプライマネジメント協会(ISM)製造業景況感指数は節目の50を下回り、住宅指標などの内需の成長にも陰りが見られている中で、このリスクオン環境がどこまで継続するのかは依然として不透明だと見るべきでしょう。
そんな不安定感がぬぐえない株式市場ですが、この環境下だからこそ、あらためて落ち着いて投資戦略を考えるタイミングと見るべきです。そこで、今回は昨今のクオリティブームを代表する指標のひとつとして、かつ最近強いリターンを生み出し続けているROE(自己資本利益率)の投資効果について深く考えてみたいと思います。
ROEといえば、まず思い出されるのは2014年に鳴り物入りで公表された日本再興戦略の一環としての「伊藤リポート」でしょう。当時はこのリポートの話題で持ちきりとなり、猫も杓子も「ROE8%」という数字を呪文のように唱え続ける異様な状況でした。さらに2017年には続編の「伊藤リポート2.0」が公表されましたが、こちらは投資家からまったく評価されていない状況です。
この2.0の末路が示すようにROE8%は徐々に飽きられ、加えて「ROEフォーカスのクオリティ指数」として作られたJPX日経400指数が、TOPIX(東証株価指数)や日経平均株価に対してアンダーパフォームし続けた、という笑えないオチも。いよいよ政策側も、それ以上は強くROE経営を追求しなくなってしまいました。
投資アイデアとして、どう機能するかを検証
しかし、この「ROE8%」という数字の意味はどうであれ、内容は間違ったことを言っているわけではありません。要求資本コストやマージンの記述はツッコミどころはありますが、「ROEを高めれば海外投資家の投資対象となり、逆に市場の要求するレベルに満たない収益性では論外で対象にすらならない」という真っ当な意見を述べています。
そこで、今回はこの伊藤リポートに沿った「伊藤戦略」が投資アイデアとして機能するのか、それが現在のような一過性のクオリティブームではなく普遍的に重要性を持つものなのかについて、「純粋に株式投資の観点」から検証することにします。
今回の分析では、特に断りがないかぎり、ファクターリターンはTOPIX(東証株価指数)500構成銘柄内の10分位(ファクター上位下位10%の銘柄群)の月次ロングショートで計測しています。まず確認の意味で、予想ROEの過去の投資パフォーマンスを概観してみます。
リスクオフ時は効果を発揮、リスクオン時は冴えない
上のグラフは、予想ROEの投資効果は分りやすい「ディフェンシブ性」を示しています。2008年以降の金融危機時や米中貿易摩擦の際に強い効果を発揮する一方、2012年末の自民党への政権交代時やトランプ相場などのリスクオン相場では、一気に逆に持っていかれ、大きな損失を被るという不安定さを伴います。
「昨今はクオリティブームという割には…」と思うかもしれませんが、近年見られるクオリティバブルはROEの要因のみで規定されるものではなく、R(利益)よりむしろE(資産)の質の影響が大きいと見られる面もあります。
何にせよROEは銘柄の資産の効率性の高低によって財務の質を規定し得るひとつの要素であり、市場の混乱時にディフェンシブ性を発揮することは事実です。
ROE8%を超えると、PBRが高くなる
ただし、今回検証するのは、ROEの一般的な効果の話ではありません。市場のセンチメントに関わらず、ROEが高まれば世界のリスクマネーの投資対象となり、低ければ無視されるという仮説の検証です。
そこで、この効果を見るため、実績ROEの水準の高低で銘柄を二分し、それぞれの予想ROEの投資効果を検証しました。分割基準は、TOPIX500構成銘柄のROE中位値とします。現状は9%強当たりが目安となりそうです。
ちなみに伊藤リポートでは、ROE8%の妥当性を説明する際にはROEとPBRのマトリックスが頻繁に用いられます。たとえば、以下のようになります。
※当該情報は、一般情報の提供を目的としたものであり、有価証券その他の金融商品に関する助言または推奨を行うものではありません。
株探ニュース