混迷深めるウクライナ情勢、エネルギー巡るさらなる火種は産油国カナダに <コモディティ特集>
ロシアのプーチン大統領はウクライナ東部のドネツク、ルガンスク両州を共和国として承認した。ドネツクとルガンスクは親ロシア派がウクライナからの分離・独立を目指している地域である。先週からウクライナ政府軍と親ロシア派武装勢力との間ですでに武力衝突が始まっており、プーチン露大統領はウクライナ軍に対して直ちに交戦を停止するよう要求したほか、この地域の平和維持活動のためロシア軍に侵攻するよう命じた。
●ウクライナの混乱でコモディティ価格は上昇
先週末、ウクライナ東部では一部のパイプラインが爆発・炎上した。欧州へエネルギーを供給する中心的な役割を果たしているドルジバ・パイプラインとは全く別の地域のパイプラインだが、米国が警戒していたロシア侵攻が現実となったことからすれば、ドルジバ(友好)もただでは済まないかもしれない。ロシア軍が平和維持活動を行う地域がドネツク共和国とルガンスク共和国の全域であるならば、戦火は広がるだろう。親ロシア派武装勢力が実行支配している地域は、両共和国の一部である。
ただ、北大西洋条約機構(NATO)とロシア軍がウクライナで真正面から衝突し、交戦が激化していくシナリオは現実的ではない。ロシアは戦略核を含めた軍事演習で威嚇しており、NATO加盟を目指すウクライナの権利を尊重するために、米国や英国、欧州各国が核戦争にまで踏み込むとは思えない。ウクライナがさらに混乱するならば、世界経済にとって間違いなくマイナスである。エネルギーや穀物だけでなく、ロシアへの制裁を踏まえるとコモディティ全般の価格が値上がりするだろう。
事態がいくら緊迫しているように見えても、ウクライナにおける西側と東側の対立は先が見えているのではないか。クリミア自治共和国をロシアが併合した当時のように主要国は動くに動けないだろう。西側が対ロシア制裁を発動して、ロシアが対抗阻止を講じないのであれば、それでウクライナ危機は終わる可能性がある。クリミアが併合された当時のオバマ米大統領は必要以上に事を荒立てなかった。中間選挙を見据えて、バイデン米大統領はどうするのだろうか。
●次なる混乱の震源地はカナダ
ウクライナ情勢はエネルギー市場の主役級の手がかりだが、次の主役がまもなく頭角を現す可能性がある。フリーダムコンボイの動きがさらに広がった産油国カナダが混乱の震源地となるだろう。フリーダムコンボイは新型コロナウイルスのワクチン接種義務化に反対するトラック運転手らの呼びかけによって始まり、大型トラックがカナダの首都オタワに集結したことから始まる。オタワの主要な道路はコンボイにより封鎖され、経済活動が麻痺したが、同国のトルドー首相はフリーダムコンボイの主催者らとの対話に応じることはなく、テロ対策や有事の利用を想定した緊急事態法を発動させ、デモを強制的に収束させようとしている。
米国で発生したブラック・ライヴズ・マター(BLM)と異なり、フリーダムコンボイは暴力や略奪、放火など犯罪行為の見られない平和的なデモである。極寒のなかで政府との対話を呼びかけ、歌を歌い、踊っている参加者もいるが、トルドー政権は市民の声を聞くことなくフリーダムコンボイの主催者らを逮捕した。カナダ政府の意向に従わないデモ参加者はテロリストと同様である。トラック運転手を支援するために集まった多額の募金は没収され、銀行口座が凍結された。コンボイの窓が割られて、引きずり出されたトラック運転手は地面に押さえつけられ、警察官に暴行を加えられている。オタワ市は押収したトラックを売却するとしている。一部の過激派に所有権はない。抗議をやめない集団のなかに警官の騎馬隊が突っ込み、跳ね飛ばされ踏みつけられた市民もいた。警官隊の銃器はすでに丸腰の市民に向いている。戦車はまだ出てきていないが、中国の歴史的な天安門事件が現代のカナダで繰り返されていると危惧する声は強い。
昨年の日本では、当時の西村康稔経済再生担当相が酒類の提供停止に応じない飲食店に対し、取引金融機関から順守を働きかけるよう求めた。自由を脅かすこの恐るべき要請は現実とならなかったが、カナダ市民は日本などとは比べようがない恐怖政治と対峙している。コロナ禍の出口が見えた後、政府と市民の対立が深まることなど、想像も出来なかった。香港の民主主義が暴力によって消え去ったように、カナダの民主主義も駆逐されてしまうのだろうか。
●産油国カナダでゼネストが現実となった時、何が起こるか
ただ、すでに暴君呼ばわりされているトルドー首相よりも、もっと恐ろしいのがカナダ人の胆力である。凍てつく寒さのなか徒歩で市民らが集結しており、フリーダムコンボイの動きはさらに拡大している。緊急事態法によって自由や人権を奪い去られても、資産を凍結されても、人々は尊厳を失わない。自由のために戦っている。トルドー首相が退かない限り、怒りは拡大を続けるだろう。民主的な最終手段はゼネラル・ストライキだと思われる。
近年、ゼネストという言葉が使われることはほぼないが、カナダで現実となった場合に何が起こるのか想像するのは容易である。カナダの原油生産量は日量400万バレル超であり、供給が途絶した場合は世界的なパニックが待ち構えている。日本の主流メディアが報道しないからといって、絵空事であると軽く考えないほうがいい。混乱を真正面から受け止める必要があるのは米国だが、中間選挙を控えてもリベラルのバイデン米大統領はカナダ人の人権がないがしろにされていることにあまり興味がない。ところで、リベラルはどこに消えた?。カナダに世界中の視線がさらに集まることを切に願う。
(minkabu PRESS CXアナリスト 谷口 英司)
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