武者陵司 「米中貿易戦争、日本の漁夫の利が鮮明に」(後編)

市況
2018年9月6日 19時00分

※武者陵司 「米中貿易戦争、日本の漁夫の利が鮮明に」(前編)から続く

武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)

(3)日本に幸運の女神が微笑む

日米摩擦においても漁夫の利は発生した。韓国、台湾、中国企業がハイテク部門で飛躍できたのは、米国による日本叩きと超円高で日本企業が手足を縛られ、価格競争力を失い続けたからである。サムスン電子、TSMC(台湾積体電路製造)は日米摩擦の漁夫の利を得たといえる。いま日本企業に漁夫の利を得るチャンスが巡っている、のではないか。

●新NAFTA、米EU協議も日本に有利に、日産を除き

旧NAFTA(北米自由貿易協定)のもとで、米国メーカー、日独韓メーカーがこぞってメキシコに工場移転を推進し、メキシコでは急激な自動車産業の集積が起き、対米輸出が急増すると予想されていた。メキシコの自動車生産台数は2010年226万台(内輸出186万台)から2016年には346万台(内輸出276万台)、2017年には377万台(内輸出310万台)と輸出主体に急増してきたが、主要メーカーの増産計画を足し合わせれば2020年には580万台を超えていくと予想されていた。特に米国ビッグスリーは今後5年間にメキシコ生産を163万台から249万台へと86万台増やす一方、米国生産を641万台から614万台へと減らす計画となっていた。

しかし、今回のNAFTA改定により、この米国からの自動車生産の大脱走にブレーキがかかる。ローカルコンテンツ比率(原産地比率)の62.5%から75%に引き上げ(TPP=環太平洋経済協定は55%)、メキシコからの対米輸出数量上限240万台の設定、時給16ドル以下の地域からの輸入制限などにより、米国からの工場大脱走はほとんど止まるとみられる。それは米国生産と雇用にポジティブに働く。これは全社共通の変化であり、日本自動車メーカーがことさら不利になるものではない。

EUとトランプ政権は関税ゼロを視野に入れた交渉を開始した。現在の乗用車関税率は、欧州10%、米国2.5%、韓国8%、中国15%(6月までは25%)に対して、日本は0%。米EU協議の結果、乗用車関税率が一律0%に引き下げられれば、日本自動車メーカーが最も恩恵を受けることになる。ユーロ圏で日本車のシェアが高まろう。

日米交渉で日本車にも25%関税引き上げを迫ることが懸念されているが、その可能性はほとんどないだろう。また、日本車の米国現地生産は377万台と対米輸出174万台の2倍以上となっており、現地生産対応は容易である。

●日本が築いた有利なポジション

日本は唯一米国との間で深刻な貿易摩擦を経験し、著しい経済困難に直面し、新たなビジネスモデルを打ち立てた国である。摩擦対応力を最も強く備えている国、といえる。以下4点を見れば、それは明らかであろう。

1.最低関税国→製造業では世界最低である。トランプ氏は究極の理想はゼロ関税(No tariffs no barriers)と口走っているが、その最大恩恵は日本にもたらされるだろう。

2.グローバル・サプライチェーンは他国に比して著しく充実→日本の貿易黒字はごく小さい。日本の経常黒字の大半は一次所得収支によって稼がれている。一次所得収支黒字とは現地で投資、雇用など産業活動を実施した結果生み出されたものなので歓迎されるはず。他方、貿易黒字は現地での雇用を奪うという側面はあるので非難される理由はある。巨額の一時所得収支黒字は日本企業が国際化、グローバル・サプライチェーン構築で他国を圧していることを示している。

3.理想的な日米産業の補完関係→日本はかつて半導体・エレクトロニクス分野などにおいて米国の産業基盤を脅かし、それが日米貿易摩擦を引き起こしたが、今では日本は半導体やスマートフォン、インターネットインフラ、航空機などの基幹産業部門では、ほぼ全面的に米国企業に供給を仰ぐ一方、自動車や機械、ハイテク素材・部品など日本優位の分野では、日本企業が米国でプレゼンスを発揮するという関係。摩擦対象たりえない。

4.いち早く脱中国展開→2012年の尖閣問題以降、日本はいち早く脱中国を展開。アジア一帯で工程間分業を構築している。2012年までは日本は世界最大(除く香港)の対中直接投資国で、全体の18%のシェアを持っていた。しかし、その後、各国が対中投資を増やす中で日本は大きく抑制。2017年は2012年比半減、シェアは10%、順位は4位に後退している。

(4)Japan as Only Oneが開花していく……平成の時代の努力の成果が報われる

日本には世界的ハイテク株ブームをけん引するメガプレーヤーが不在だが、メガプレーヤーを支える基盤技術、周辺技術の圧倒的部分を日本が担っているのも事実である。この基盤・周辺分野は一つ一つの商品分野はニッチ・小規模であるが、価格競争が及びにくく技術優位と価格支配力が維持しやすい分野である。国際分業において日本がハイテク・ニッチ・ハード部門でプレゼンスを築いたことが、日本の企業収益回復に圧倒的に寄与している。日本のハイテク製造業は大企業であっても多数のニッチ基盤、周辺技術分野に特化しているのである。

日本企業はかつて高い価格競争力により、世界のハイテク製造業市場を席巻したが、貿易摩擦・円高と、韓国・台湾・中国などの台頭によりそのプレゼンスを奪われた。今やハイテクのグローバルメガプレーヤーは、米国、中国のインターネットプラットフォーマーとアジアのメガハードウェア企業(韓国サムスン電子、台湾TSMC、鴻海精密工業、中国のファーウェイ=華為技術など)と、米国以外では韓・台・中企業に占められ、日本企業は全く埒外となってしまった。

しかし、日本企業は価格競争から抜け出し(敗退し!)、技術、品質優位のニッチ分野に特化することで収益回復を果たしている。それはどのような分野なのか、一つの例としてエレクトロニクス分野を取り上げる。

日本はデジタルの中枢である 半導体液晶テレビスマホ、パソコンなどの最終製品で完敗したが、それは完全に価格競争で太刀打ちできなかったからである。では、デジタル中枢でプレゼンスを失った日本が一体どこで生き延びているかと言えば、それはデジタル(脳)が機能するためのインターフェース、つまりインプットインターフェースとしてのセンサー(目、耳、鼻、舌など)、アウトプットインターフェースとしてのアクチュエーター(いわば筋肉。例えばモーター)である。また、デジタル中枢製品のための素材・部品・装置などである。

ここでは多様な技術的差別化が求められ、素材や仕組みなどを駆使して日本の得意分野である擦り合わせが有効に働く分野である。日本企業はこうしたポジションにシフトすることで、価格競争から脱して技術や品質の優位な分野にビジネスモデルを特化させている。このビジネスモデルはおそらくサービス業やその他の分野においても当てはまることであり、ここに日本の強みがあると言える。

この先、インターネットがさらに普及し、人間の自由な活動を引き起こす。そこで求められるものはより高い品質・技術の財・サービスであり、それらの提供に日本企業は強みを持っている。

●日本株ブームが点火するだろう

1.米国株新高値、リード役はやはり新産業革命、イノベーションの担い手FANG。好調な内需で小型株も堅調へ。

2.日本では、ハイテクグローバルニッチトップ企業が。自動車も世界支配力の高まりで評価されよう。ドイツ自動車の困難化が始まるかもしれない。

3.日本は米中貿易戦争のむしろ受益者。被害者とみたグローバル投機家が、中国売りの代替として日本株をショートしている模様。チャイナショックに連動して日本株が突出して下落した2015年の再現を夢見ているのだろう。だが、その目論見は全く外れている。彼らは慌てて買い戻すだろう。

(2018年9月5日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン207号」を転載)

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