武者陵司「AIによる価格革命、驚愕の高収益経済圏の現出」
―本格化したAI相場、バブルどころかまだ入り口―
(1)いま起きている異変、異常事態か歴史的出来事か
常識的観点では起こるはずのないことが頻発している。この異変はアノマリーか一過性か、それとも構造変化、歴史的変化なのか。
第一は、エヌビディア現象である。10年前まではゲーム用GPU(画像処理半導体)の専門メーカーであり、二級半導体企業と思われていたエヌビディア<NVDA>が半導体トップどころか世界最大の時価総額企業に躍り出たことである。エヌビディアは 半導体産業の常識をことごとく塗り替えた。(A)半導体産業から循環性が消えた、(B)「価格下落が当たり前」から「価格上昇が当たり前」となった、(C)ハードウェアでなくソフトで支配力を固めた。コストが恒常的に低下する半導体で販売価格が上昇するのであるから、儲けは急増する。営業利益率は10年前の15%前後から60~70%へと急伸した。この超過利益をソフトウェア・AI(人工知能)エコシステム構築に投入し、AIインフラ構築の中枢企業の座を占めるに至った。驚きはエヌビディアのみならず、価格上昇によって収益が飛躍を遂げる企業が続々出現していることである。サムスン、SKハイニックス、マイクロン・テクノロジー<MU>、キオクシアホールディングス <285A> [東証P]といった半導体メモリーから電子部品、ケーブルなどに値上がり趨勢が広がっている。
第二の異変は、株式市場の変化、AI関連の突出相場である。世界では韓国、台湾の株価上昇が突出している。日本では時価総額トップスリー中2社がAI関連(ソフトバンクグループ <9984> [東証P]、キオクシア)となり、ソフトバンクグループが日本の最大企業に躍り出た。
第三に、この変化が貿易構造に表れ始めた。米国の最大貿易赤字国は中国から台湾にシフトした。2026年1~3月の米国の相手国別貿易赤字は、(a)台湾597億ドル、(b)ベトナム545億ドル、(c)メキシコ472億ドル、(d)中国398億ドル(香港を含めれば247億ドル)となり、米国のAI関連ハードウェアを一手に提供する台湾が、圧倒的ULC(単位労働コスト)で産業集積を誇ってきた中国を凌駕した。
(2)AIによる劇的生産性革命の進行
この変化の起点にあるのは、AIにおける劇的な生産性の向上とコスト低下である。過去50年間の驚異的な情報化社会化、通信とコンピューターの融合とインターネット社会の成立はもっぱらムーアの法則(半導体技術の発展とコストの指数関数的低下)に支えられた。それは18~24カ月でチップ上のトランジスタの集積度が2倍(≒コストが1/2)になるという驚異的な技術進化である。このムーアの法則が成熟段階に入り減速するという懸念が高まった現時点で、登場したものがAIである。AIによる技術進歩とコストの低下は、ムーアの法則を遥かに上回るパフォーマンスの向上を見せつけている。
AIの技術進歩は、一般に「スケーリング則」と呼ばれている。AIの進歩を決定づけるのは、投入のスケールであると言われている。投入資源とは、1)学習データの量、2)モデルの大きさ(=パラメーター数)、3)計算資源( データセンターの計算能力、またはエヌビディアのAIチップを何枚搭載しているか)――の3つであり、それぞれを拡大(スケール)していけばAIの技術進歩が続く、というものである。
そのスピードには驚愕する。米研究団体エポックAIは、AIが文章や画像を生成するのに必要な処理コストは、テキストの最小単位(トークン=質問と応答)当たりで、最小規模モデルで年9分の1、最大のモデルでは年900分の1の率で下がり続けている、と報告している。ムーアの法則によるコスト低下が年率30%(≒1/1.4)であるから、AIはその6~600倍のスピードでコストが低下しているという訳である。
この実績値の推計がどれほど正確で持続性があるものかは検証が難しいが、現時点においてはムーアの法則とAIのスケーリング則との圧倒的格差は否定し難い。実際、AI開発の中心的担い手であるアンソロピックはAI研究機関などに対し、開発ペースの減速を検討するよう呼びかけている。AIシステムの進歩があまりにも急速であり、AIは近い将来、人間の介入なしに自己改善できるようになり、社会に重大なリスクをもたらす恐れがあると主張している。
(3)AIによる価格革命進行……デフレ圧力と局地的物価の急騰
驚愕の生産性向上が、価格革命を引き起こしている。第一の価格革命はデフレ革命である。従来は人間が行っていた調査、設計、翻訳、文章作成、分析などの知的作業がAIによって急速に自動化・半自動化されている。AIは変動費が限りなく小さいので、やがては企業の限界費用が極小になる。いずれAIは大半の頭脳労働を代替していくだろう。それは製品設計・開発コストの低下(ソフト・ハード両方)、企業の固定費圧縮(人件費・外注費)、サービス単価の低下(翻訳・デザイン・コンサル等)と連鎖的な価格下落を招き、全般的なデフレを引き起こし、大規模な雇用削減ももたらす。したがって、需要創造により失業を救済し、デフレ圧力を軽減する積極的経済政策が必須となる。
しかし、同時にAIは急速な価格上昇を局地的に引き起こしている。生産性が著しく高いAI経済圏で需要が急増した半導体などは価格が急騰し、品不足と機会収益の激変をもたらす。同じ半導体でもゲーム用メモリーよりAI用途メモリーの方がはるかに稼げるとなれば、価格急騰は伝統的半導体需要分野で大きな機会損失を引き起こす。価格高騰は半導体・計算資源(GPUなど)に止まらず、データセンター、AIを使いこなす人材などに広がっていく。
この物価の二極化は、経済圏の二極化を引き起こす。物価が安くなる伝統的領域と高くなるAI関連領域とで分裂して、再価格化が進行していくだろう。長期的趨勢は読みにくいが、当分デフレ圧力が強まる伝統的経済圏と価格上昇が常態化するAI経済圏との市場分化が進むだろう。
(4)二極化する経済圏、AI経済圏が伝統的経済圏を駆逐していく
労働投入量で営まれている伝統的経済圏「A」と、著しく生産性が高いAI経済圏「B」に分化。同じ製品でも「B」に投入されれば経済効用は高まる。
半導体メーカーの利益率急上昇(=エヌビディア現象)も、伝統経済圏からAI経済圏へのシフトによって起きたと類推することができよう。言ってみれば、同じ製品でもAI経済圏の住人になったことで利益率革命が起きたといえる。この現象が横に広がっているのである。
振り返ると GAFAMにおいても、価格革命(=AI経済圏にシフトしたことによる値上がり=マージン向上)は起きていた。GAFAMの利益率ははっきり上昇、5社平均の売上高営業利益率は2022年の21.2%から今年は28~29%へ上昇している。
2022年、GAFAMはスマートフォン需要がピークアウトして増収率が大きく鈍化し、いったん成熟期に入ったと思われていた。各社は一斉に大規模なリストラに踏み切った。ところが、各社の利益率は2022年を底に大きく上昇したのである。
2022末の「ChatGPT」の発表から始まったAI分野へのシフトが、各社のマージンを押し上げたと推察される。AI化でコストは大きく低下しているはずなのに値下がりはなく、むしろ値上がりが進んでいたのである。それはアポロ・グローバル・マネジメントのチーフエコノミストのトルステン・スロック氏による従業員一人当たり売上高の変化にも表れている。AIシフトを急展開している マグニフィセント・セブンが大きく上昇している一方、その他のS&P493社のそれは低下傾向である。より小規模企業のラッセル2000の落ち込みは更に大きい。
AI価格革命の意味するものとは、価値の源泉を労働から知識(or神)へとシフトさせる、農業革命、産業革命に次ぐ歴史的革命であるとすら考えられる。労働投入を価値の源泉と考える既存の経済学の常識が大きく塗り替えられる場面なのかもしれない。
(5)AI革命の展開、まだ初期・黎明期
AIエコシステムは大雑把にくくると、以下の3層とデータ蓄積から成り立っている。
第一の階層は、AIを動かす土台、インフラ層である。計算資源である半導体、データセンター、電力・冷却設備と、データを集積しインフラをサービス化する層としてのクラウド・プラットフォーム層から成り立っている(AWS、Microsoft Azure、Google Cloudなど)。AI開発基盤(学習・推論環境)であり、ここで「AIを使える状態」にするための土台が整う。
第二の階層は、AIの頭脳と言えるモデル層である。大規模言語モデル(LLM)に基づき、オープンAI、アンソロピック、グーグル・ディープマインドなどがコアモデルを展開している。
第三の階層は、利用者とのインターフェースであるアプリ層である。ChatGPT、コパイロット、ジェミニなど検索、AI画像生成、業務自動化AI、医療・金融・教育AI、産業に活用されるフィジカルAIなどが含まれる。これらはAIエコシステムの端末(エッジ)部分であり、AIが社会に実装されるゲートとなる。GAFAMの中でアップル<AAPL>はインフラ構築のための巨大投資を全くしていないが、それはAIゲートであるスマホなどでの支配力により端末(エッジ)AIに特化する戦略に基づくものと考えられる。
第四のパートとして、エコシステム内を膨大なデータが超高速で巡っている。それはAI産業の動力源で伝統的経済圏における「石油」に相当する資源であり、エコシステムを構成する階層横断的資源ととらえられる。
現在はAI経済圏の恩恵は、大規模投資が展開されているインフラ建設(半導体・データセンター財)のハードウェアに集中的に表れており、それが半導体ブームを巻き起こしているが、経済圏の利益構造は、AIモデル(基幹モデル、アプリ)、インフラ、エッジモデル(利用者インターフェース)へと展開していくと考えられる。
(6)激増するAI投資、GAFAMで100兆円、だがバブルではない
GAFAMの設備投資が急増している。それまでの前年比2~3割のペースから、2024年2267億ドル(50%増)、2025年3702億ドル(63%増)、2026年会社予想7030~7350億ドル(ほぼ倍増)となった。AI関連、特にデータセンター投資が激増しているからである。しかし、この巨額の投資額であってもキャッシュフローの範囲内に収まっており、それほどGAFAM各社の収益力が向上していることが分かる。
加えて、GAFAM以外にオラクル<ORCL>、ソフトバンクなどによるスターゲート計画といった巨大な投資計画が進行し、米国経済の成長率を押し上げている。2026年の米国GDP(国内総生産)成長率は2.0%前後、その中でAI関連投資が主因の設備投資が急増しており、AI・データセンター投資はGDP比2%以上の規模に達する見通しである。それが倍増するのであるから(そのうち相当額が輸入によって賄われているとしても)、AI投資だけでGDP成長率を0.5~1%押し上げているとみられる。AIの実装による伝統的分野での生産性上昇と新サービスなどをカウントすれば、実際の経済への寄与はさらに大きくなっていると推察される。
なお、中国は大規模投資で大きく劣後、米国の1/10程度と推定されている。インターネットプラットフォーマー(テンセント、バイドゥ<BIDU>、アリババ<BABA>など)とGAFAMとの収益力格差は大きい。中国は資金・ハード面で劣後しているため、ディープシークのようなアルゴリズムの工夫による『低コスト・小規模モデル』で対抗せざるを得ないが、究極のフロンティア(神の領域のAI)に達するには、やはり米国の圧倒的なインフラ(巨額投資)によるスケーリングが不可欠であり、長期的には米国の優位は揺るがない。
この高投資を可能にしているのが、高収益とともに高株価である。株高を巡っても米株バブル説が指摘されるが、それは誇張であろう。最も基本的なバリュエーション指標、10年国債利回りと株式益回りのスプレッドをみると、金利上昇にもかかわらず、依然ほぼゼロであり、フェアバリューのテリトリーにあると言える。また、マグニフィセント・セブンのPER(株価収益率)は26倍弱、20%ペースの利益成長を考慮すれば決して割高とはいえない。
現在は1995~96年に環境が似ている。いずれ将来バブルに駆け上がる可能性もあるが、いまはそうではない。当時とは(A)技術革命により投資が盛り上がり、人々のアニマルスピリットが高揚していること、(2)金利の高止まりとイールドカーブのフラット化、(3)株高の進行という点で金融環境が類似している。1996年末に当時のグリーンスパンFRB(米連邦準備制度理事会)議長が株価のブームを指して「根拠なき熱狂(irrational exuberance)」とけん制し、高水準の短期金利を維持した。しかし、長期金利はむしろ低下してイールドカーブがフラット化し、株高はその後3年以上にわたって上昇し続けた。
2000年のドットコムバブルと現在とを比較すると、バリュエーション面からの割高さは現在の方がはるかに小さい。また、技術革命のマグニチュードもインターネットとAI革命では段違いである。いずれバブル化するとしても、現在は未だ入り口と言ってよいのではないか。
バブル崩壊を懸念するなら、政策の分析も必須である。ドットコムバブルは当時のグリーンスパン議長の執拗な利上げによってトリガーが引かれた。それに対して現在は利上げが抑制されている環境にある。原油由来のインフレはいずれ沈静化していく。現在のトランプ政権の経済政策は、(A)規制緩和、(B)AI投資にグローバル資金大誘導、(C)積極的財政金融政策で有効需要創造を促進、など株価の加速バイアスを強く持っている。
万一、バブル論が正当化される事態が起きるとすれば、(a)AIスケーリング則の顕著な破綻、(b)エネルギー・電力制約による投資停止、(c)金利の急激な上昇(リスク資産圧縮)、(d)規制によるAIインフラ投資の強制抑制、(e)地政学的サプライチェーン断絶、などの与件変化が起きた場合であろう。つまり、本レポート「(2)AIによる劇的生産性革命の進行」から「(5)AI革命の展開、まだ初期・黎明期」の分析が妥当性を失った時であるが、それらの可能性は小さいと判断される。
(2026年6月11日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン402号」を転載)
株探ニュース