武者陵司 「米中貿易戦争」勃発
―トランプ政権の優先順位、経済・内政から地政学へ―
武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)
「全ての事柄は米中貿易戦争を軸に考えるべきだ」
●コーン氏から貿易ハードライナー(ロス・ライトハイザー・ナバロ氏)へ
とうとうトランプ大統領が、中国に対米貿易黒字削減計画の提出を求めた模様である。一連の関税問題(鉄鋼・アルミ輸入関税)、貿易摩擦(太陽光パネルと大型洗濯機に対する通商法201条に基づく緊急輸入制限発動など)はすべて対中貿易戦争の脈絡でしか理解できない、のではないか。GS(ゴールドマン・サックス)出身の経済司令塔コーンNEC(国家経済会議)議長が辞任し、脇に追いやられていた対中強硬派ピーター・ナバロ氏が復権していると報道されている。規制緩和、税制改革、不法移民問題と矢継ぎ早に課題を片付けたトランプ氏が、今や対中貿易戦争を政策の中心に位置づけたことは明らかである。
●対中経済封じ込めが米国の最優先政策課題に
個人崇拝に進む独裁国家の様相が見えてきた以上、中国をいかに封じ込めるかは米国の最優先課題であることが明らかになっている。就任初日に中国を為替操作国に認定する、とのトランプ氏の選挙公約がいよいよ実施される段階に入ったのである。
中国の経済台頭を放置すれば、独裁国家中国が米国の覇権を奪い世界秩序が大転換することは明らか。その中国は対米フリーライド(=巨額の対米貿易黒字)でここまで成長した国であり、この中国のフリーライドをいかに止めるかに、トランプ政権の真の狙いがある。それを理解できないコーン氏の辞任は当然の成り行きであろう。
●関税も北朝鮮問題も政策軸の基底は対中政策にあり
今や米国政府の最優先政策のターゲットが中国になった以上、北朝鮮問題もその枠の中で処理されるはずである。トランプ政権の対北朝鮮政策が宥和色を強めているが、北に譲歩を求めつつ武力攻撃を抑制する、との選択肢しかないだろう。対北武力行使はみすみす中国の付け入るスキを増やす可能性が強いのだから、選択肢にはなりえない、と考えられる。
また、対中以外の貿易摩擦は深刻化しないし、ドル安にもならない、と考えられる。これら一連の政策の変化の投資へのインプリケーションはポジティプである。
●トランプ登場の背景にあった合理性
いやしくも有権者が選択したからにはトランプ氏登場の必然性があったはずである。それは3点の課題解決として整理できる。
第一は経済的課題で、格差、取り残された白人労働者、資本・貯蓄の滞留、アニマルスピリットの喪失などである。トランプ氏はこれに対してケインズ政策、有効需要の創造、規制緩和を対置した。
第二に地政学、国際関係面での危機感、中国の台頭、米国覇権の危機、国際秩序の形骸化である。トランプ氏はこれに対して、二国間主義、国際機関の再構築、力による平和を対置した。
第三は価値観、理想主義・リベラル・分配主義、例えばPC(ポリティカル・コレクトネス)という理想主義的建前の偏重。トランプ氏は法治の徹底、自己責任・リバタリアンを対置した。最高裁判事など人事を大きく刷新し、既存価値観からトランプ批判をするマスメディアに対して、ツイッターで対抗している。
トランプ政権は上述3つの政策課題のうち、最初の一年で第一の経済と第三の価値観の手当てを終え、いま第二の地政学、国際関係に大きく重点を移しているとみられる。経済司令塔コーン氏の退陣はそれを物語っている。
●二国間主義、敵は本能寺、中国のフリーライドの抑制にある
TPP離脱、NAFTA再交渉など、多国間ではなく二国間にこだわる交渉方式は、敵は本能寺、異質国家中国の経済的台頭を抑制するには多国間主義では無理との認識があるとみられる。対中では通商法301条の適用を視野に、調査と交渉が始まっている。太陽光パネルと大型洗濯機に対して通商法201条に基づく緊急輸入制限(セーフガード)が発動された。対中タフネゴシエーターとされるロバート・ライトハイザー米USTR代表は中国のWTO加盟を認めたことは誤りであった、と不公正貿易慣行に満ちている中国に対して貿易戦争の宣戦を真っ向から布告している。
他方でトランプ大統領は、1月末のダボス会議において、一旦離脱したTPPに対して、再加盟の交渉に入る可能性があると表明した。二国間交渉で対中国圧力を大きく高めつつ、吟味しながら多国間協定に復帰する、まさに敵は本能寺である。国際機関の形骸化はWTOのみならず現状変更をあからさまに行う中国・ロシアが安保理の拒否権を保持している国連も同様である。その再構築にトランプ政権の真の狙いがあるのではないか。トランプ氏を単純な一国主義、孤立主義、保護主義というのは間違いであろう。
●中国の成長は米国の寛大な関与にあった
米国の貿易赤字の半分が対中国であり、対中以外に大きな不均衡は存在していない。他方、中国は巨額の対米貿易黒字によって長足の成長を遂げてきた。米国のGDPに占める経常赤字比率推移をみると、全体では2006年の5.8%をボトムとし2016年には2.6%と大きく軽減してきた。その中で対中国だけはほぼ過去10年にわたって、2%弱の水準で推移している。
つまり、過去10年間、中国は米国GDPの2%という巨額の所得移転を受け、高成長を実現してきたのである。中国が米国覇権に挑戦する構えを見せた以上、これを米国が座視できないのは当然であろう。
●米中激突を回避する道
トランプ政権の国家通商政策を担当しているカリフォルニア大学教授ピーター・ナバロ氏は、著書「米中もし戦わば 戦争の地政学」で共産党独裁政権の中国の覇権追及は変わりようがないこと、それは必然的に米中衝突を引き起すこと、それを回避するには中国の軍事力増強の基礎である中国経済力を弱め、他方では米国国防力を増強し、未然に中国に米国覇権に挑戦する意欲をそぐことしかない、と主張している。
世界4極(日本、米国、ユーロ圏、中国)の名目GDP推移とその予想をみると、中国は2009年に日本を上回り、2016年にはユーロ圏を凌駕し、今の成長トレンドが持続すれば2026年に米中逆転が起きると予測される。米国が中国のフリーライド的側面を容認しつづけ、みすみす経済逆転を甘受するなどということは起きようもない。米国にとっての対中貿易戦争がいかに焦眉の課題かが明らかであろう。
(2018年3月8日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン196号」を転載)
株探ニュース