武者陵司 「歴史的大変革時代、株主資本主義の勃興(後編)」

市況
2018年6月15日 13時30分

(2) 金融市場の変質と株価革命の可能性について・・・・拙著「新帝国主義論」2007年より

●金融市場の変質

規制緩和、インターネット、金融技術(金融工学による全商品、瞬時の裁定)などにより、地球帝国の全ての資本は国際金融市場という一つの大海に流れ込んでいる。そして金融機関にとっての利潤機会は小さくなっている。従来の金融機関の利益の源泉はマーケットアクセスチャージ、場所代、胴元代、つまり特恵的(排他的)優位性を利用した手数料や利ざや、取次ぎ代、であった。これが規制緩和とテクノロジーの進歩により殆ど無になった。株式手数料、銀行の利鞘、上場債券の売買差益等が限りなくゼロに近くなっているのは、このような世界史的現象なのである。金融市場は一段と効率的になり、ボラティリティーが低下し、クレジット・リスクプレミアムや長短金利スプレッドが縮小している。金融工学を活用しても儲けにくくなった。

市場の効率化は、「自動調節機能(automatic stabilizer)」の飛躍的向上に、如実に現われている。2005年、2006年と世界金融市場では、株式、金利、商品市況の乱高下が続いた。しかし、インフレにもデフレ・リセッションにもならず、市場の懸念は実現しなかった。それは「自動調節装置(automatic stabilizer)」が機能しているためと言える。中央銀行の政策とは無関係に、金融市場が資産価格、金利の変動により、経済の安定、最大成長をもたらすという安定化機能である。

2006年は、米国では、インフレ、景気加速懸念、バーナンキ議長に率いられたFRBの過剰な金融緩和スタンス懸念から、原油価格、金価格、長期金利が急騰し株価が下落する場面が見られた。しかし、上昇した原油と長期金利が自ずから景気過熱を抑制し、景気が減速するとともに、逆に原油と長期金利が低下し、次の需要拡大のプラットホームを形成しつつある。かつてのように中央銀行だけをウォッチしていても、市場の動きも経済も予測しにくくなっている。

こうした中で、伝統的なdebt(債務・元本保証)のビジネスは著しく困難になっているのである。しかし、他方ではequity(持分資本・元本変動)のリターンはますます極大化し、デット(debt)で調達しエクイティー(equity)で運用するメリットが著しく増大している。

まさしく新古典派、シカゴ学派の創始者であるフランク・ナイトが提起した不確実性(uncertainty)理論が半世紀を経て、現実のものとして、甦っているのである。ナイトは不確実性を、従来それと同一視されてきた危険(risk)から区別した。ナイトによると危険(risk)は測定可能な不確実性であり、先験的に計算や過去の統計によって知りうるものである。これに対して狭義の意味での不確実性(uncertainty)は、測定や数量化することができないリスクである。従って、利潤の源泉は不確実性にある、と主張した。

危険(risk)と不確実性(uncertainty)は競争の形態にも相違を与える。完全競争は全ての人に「実際上の全知」を仮定しており、その場合には将来は、全て計測可能な危険(risk)である、ということになる。よって利潤は生まれないことになる。

しかし、将来の不確かさが、計測不能な不確実性(uncertainty)によってもたらされているとすると、そこでの競争は不完全な部分的知識に基づく、不完全競争、ということになり、それには利潤が伴う。現実の世界の人間の行為は不完全な知識、生半可な理解に基づいて行われており、故に経済のバリュエーションが生まれる。もし不確実性が無く全てが計算可能であれば、経済活動は退屈なルーティーンだけとなってしまう。このように不確実性(uncertainty)こそが市場の経済活動をダイナミックにしているのであり、利潤の源泉となる、という訳である。

このようなナイトの理論に照らせば、金融工学の発展、規制緩和、インターネットの浸透は、多くの狭義の不確実性(uncertainty)を、測定可能な危険(risk)に転換してしまった訳で、その結果、利潤の源泉である不確実性(uncertainty)が著しく小さくなり、金融利益が圧迫されている、と考えられる。ナイトの定義に従えば、現在の国際金融市場で顕著なボラティリティーの低下、クレジット・リスクプレミアムの低下などの現象は、投資家のリスクテイクが活発化したと捉えるよりは、その金融分野での狭義の不確実性(uncertainty)が危険(risk)に転換したためと考えるべきであろう。

不確実性の低下は、debt(債務・元本保証の金融商品)において特に顕著であり、それが金融機関の利潤率の低下、リスクプレミアムの低下に結びついている。つまり、長短金利の期間スプレッド、クレジットリスクのスプレッド、ボラティリティーなどを対象としたデット主体の伝統的金融ビジネスは、全く儲からなくなりつつあるのである。それは、地底探査技術の発達により、地底1000メートルに眠っている金鉱脈が事前に知られてしまったことと、例えられよう。将来発掘で得られる金価格は地下採掘権として事前に価格に織り込まれてしまっているので、金鉱発掘の妙味が無くなってしまった、いわば山師の醍醐味が失われてしまったのである。

ヘッジファンドの隆盛とは裏腹の、ヘッジファンドの収益性の悪化も、そうしたものとして理解できる。ますます不確実性(uncertainty)が危険(risk)に転換し、金融の利ざやは低下する。不確実性に賭けた1990年代はじめの草創期にはシナリオに賭けるグローバルマクロ型が大半であったが、今日では不確実性(uncertainty)に賭けるグローバルマクロ型の比重は10%程度まで低下し、大半は金融工学をベースに危険(risk)にベットし、または裁定を行うものである。儲からなくなるのは当たり前であろう。

●株価革命の可能性

しかし、ナイトの不確実性(uncertainty)が金融から消えたわけではない。Equity(持分資本・元本変動)の金融分野では、先験的に知り得ない、統計的に測定し得ない情報、知識が満載である。世界経済の現状は統計化できないパラダイム間の不確実性(uncertainty)をむしろ高めているのであり、投資チャンスがなくなったのではなく、変わった、つまり株式などのエクイティーにおいては、大いなる利潤チャンスが残されている、いやむしろ増大していると考えられる。

グリーンスパンの謎が定着すれば、株式の理論価格は大きく引き上げられることとなる。配当還元モデルによれば株式価値は、将来の収益・配当を分子とし、分母である割引率により現在価値に還元したものであるから、高い成長から分子が大きくなり、低金利から分母が小さくなると、ダブルの株価押し上げ効果が働くのである。然るに、理論株価が上昇するほど現実の株価は上がらない。株式の益回り(利益/株価)と長期金利の格差をリスクプレミアムと考えると、リスクプレミアムが大きく高まっているのである。

過去20~30年ほど米国の株価は予想益回り=長期金利という関係で推移してきた。つまり、リスクプレミアムはゼロであった。しかし、ここしばらく利益成長に株価が追いついていないだけではなく、金利の低下をも株価は織り込まず、米国株式は理論株価を30%ほども下回っている。

そうした割安さは、グリーンスパンの謎の持続性が確信されるにつれ、株価上昇によって是正されていくものと考えるのが自然であろう。

株式バリュエーションの革命的変化は、日本株式において特に顕著となる可能性が大きい。日本経済は1990年にバブルをつくり、破裂させたが、歴史を遡るとバブル形成は衰退の入り口ではなく、むしろ繁栄の前兆である場合が多い。バブル形成は有り余る資本と経済に対する大いなる自信がもたらすものであるが、それは行き過ぎなければ、経済繁栄の条件でもある。

日本株式の割安さは絶対的と言える状況である。株式と債券・預金のリターン格差は著しく拡大した。益回り5%、配当利回り1.1%に対して日本国債利回り1.6%、預金金利0.3%という大幅なリターンギャップは日本で過去40年間無かったことである。また、海外でもこれほどのギャップは見られない。そうした格差は株価と債券にとどまらない。預金0.3%、長期債券1.6%、不動産投信3~5%、株式益回り5~6%、過去に投資した事業リターン(投下資本営業利益率)6~7%、今後投資する事業投資10%プラス(筆者推定)という具合に、投資リターンのスペクトラムはかつて無く拡大しているのである。

これは所有者(地主、家主、株主、事業主)となることによって得られる超過リターン(リスクプレミアム)が異常に高いことを示している。投資家は所有者(100%所有者はオウナー、持分所有者はエクイティ・ホルダー)になることに伴うリスクに極端に臆病になっているのである。その理由として、(1)企業収益の持続性に不信感がある、(2)デフレ終焉・インフレ到来により長期金利が急上昇することを懸念している、(3)その他(需給悪をもたらす特殊要因→年金売り・金庫株売り・時価発行増資、株主価値を損なう特殊要因→企業統合・留保利益の濫用・下方修正条項つき転換社債、等)が考えられる。しかし(1)、(2)、(3)のいずれも決定的かつ長期にわたって持続する要因ではない。

そもそも、前述のように、リスクプレミアムが著しく高いということは、リスクテイカーへの報酬が大きいことを意味する。いわゆるハゲタカファンド、M&Aマニア、不動産・REIT投資家、プライベートエクイティーなどは、数年前から活発化していたが、それがいよいよ不動産そして株式へと押し寄せてきたと考えられる。こうした資金フローの変化は、限界的な部分から市場の中枢へとシフトしつつある。個人は投信へ、金融機関はより高リスク・高リターン資産へ、ローン・国債保有から複合金融・派生商品へのシフトなどである。1500兆円の個人金融資産の太宗を占める元本保証・確定利付き(超低金利)資産からの大脱走が始まりつつあると考えられる。

過去を振り返ると日本の株価バリュエーションは10~15年ごとに、革命的ともいえる水準訂正を繰り返してきた。株価の尺度は変転している。戦前の一時期また戦後の混乱期には株価は、配当利回りが社債利回りを大きく上回るほどの低水準にあった。大恐慌直後から1950年代までの米国もそうであった。株価は一年先の配当すら大幅に減少してしまうリスクを織り込んでいたのである。その後、日本では戦後から1957年まで、米国では1955年ころから1965年まで、配当利回り=社債利回りと言う関係の時代が続く。それは株式評価が配当のみでなされ、企業に留保された内部留保利益の成長、つまり自己資本増加に伴う価値上昇は全く無視されていたことを意味する。

しかし、1950年代末以降、景気悪化で減配があったが株価は下落せず、株価は概ね益回り=社債利回りとの相関で推移するようになる。それは企業成長による額面増資(→増配)、投信を通した資金流入に支えられ、1960年代から1971年まで続いた。1972年以降1985年ころまで、日本では株価はさらに上昇し、株式益回りは社債利回りの半分の水準まで低下した。それとは逆にPERは1971年までの10倍から20倍強の水準まで上昇した。継続する外人買い、法人持ち合いの上昇で需給の向上が続き、その下で時価発行増資が定着した。

1985年から1990年にかけて株価はバブル形成に向けて大幅に上昇し、益回りは社債利回りの3分の1以下まで低下し、PERは50倍という水準まで高まった。ドル防衛協力のための大幅な金融緩和、過剰流動性の増加、法人の持ち合いのさらなる増加など需給関係の改善が、著しい株価水準を現出させた。

その後2001年まで、金融引き締めバブル破裂、景気と企業業績の急速な悪化により株価は急落。収益悪化と株価下落により益回りはほぼ2%(PER50倍)と変わらなかったが、社債金利は急低下した。その結果2001~03年にかけては、益回り=社債利回り、という、1960年代のバリュエーション水準に逆戻りした。また、2004年には配当利回りが社債利回りに近づくという、第二次大戦直後の1950年代の超低バリュエーションに逆戻りしたのである。

このように見てくると、株価は企業のファンダメンタルバリュー(利益、金利)を体現するだけではなく、バリュエーション(人気要素)の大きな変動を伴っていることが分かる。特に3から5年の中期では、株価水準は財務的価値以上にバリュエーションの変化により大きく左右されていることが伺われる。そして、そのバリュエーションの変化には信用・流動性状況が大きく影響していたことが、特記される。

日本経済の長期にわたる停滞は、さまざまな根源的な要因があったにせよ、著しい信用収縮・銀行貸出減少が直接の原因であった。そして、信用収縮は株価のバリュエーションを大きく引き下げ、資産デフレを深刻化させることで、状況を一層悪化させた。今、信用情勢の転換が、リスク回避姿勢の緩和・リスクプレミアムの低下となって、株価水準を大きく押し上げようとしているのではないか。

(2018年6月14日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン200号」を転載)

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