「スイッチ」遂に中国進出へ 果たして任天堂は買いか? <株探トップ特集>

特集
2019年5月11日 19時30分

―中国テンセントとの衝撃的提携がウインウインをもたらすシナリオとは―

4月18日、中国の広東省当局はウェブサイトに、「2019年第1四半期広東省ゲームソフト・遊戲設備審査の許認可機種リスト」を掲載したが、そこには任天堂 <7974>ゲーム機 「Nintendo Switch」の「NewスーパーマリオブラザーズUデラックス(体験版)」がリストアップされていた。騰訊控股(テンセント)が代理販売するとも記されている。翌19日、テンセントを通じて広東省当局に対して「ニンテンドースイッチ」の販売認可を申請していることが伝わったことで任天堂及び関連株は大幅高。「スイッチ」の中国本格進出に関する思惑買いで市場は大いに沸いた。両社の協業は何も今に始まったことではない。実際のところ、18年9月にはスイッチで「王者栄耀(おうじゃえいよう)」国際版(Arena of Valor)がすでにスイッチ用バージョンでリリースされていた。これまで任天堂は幾度も中国市場への進出を図ってきたが、受け入れられなかった経緯がある。今回、新たに強力なビジネスパートナーシップを結んだことで成功を収めることができるかが注目される。また、03年にゲーム市場に参入し、わずか11年間で世界最大のゲーム会社となったテンセントの思惑とは何か、その深層を追った。

●一筋縄ではいかない中国のゲーム市場参入

任天堂が1983年に発売したファミコンは、実は中国人の間でも認知度が高かった。当時の脆弱だった文化・産業に対し、中国国民の文化や娯楽製品への需要は日々高まっていたが、世界中でブームとなったゲーム機やコンピューターは価格が高く、大衆の手には届かず、ゲーム機はごく一部の富裕層が海外から入手する時代だった。中国市場の将来性をにらみ、任天堂は94年、香港の特約店「万信中国有限公司」と提携し、中国本土におけるハード機及びソフトの代理販売契約を交わした。しかし、この提携を通じて中国市場におけるゲーム機販売の難しさを知ることになる。任天堂からすれば、中国市場においてはまだ正規マーケットが存在しないため、比較的安価のファミコン互換機や海賊版ゲームカートリッジが横行することに対しては自助努力が及ばず、無力感があったに違いない。その結果、任天堂はゲームソフトの中国語版を発売することなく、中国市場から遠ざかっていった。

とはいえ、更なる成長を追い求める任天堂には10億人以上の人口を持つ中国市場への参入は避けては通れない道だった。03年には「ニンテンドー64」を中国語対応に変更したゲーム機「神遊機(GB)」で本格参入し、その後04年には小神遊機(GBA)、05年にはニンテンドーDS(NDS)を次々と投入した。しかし、並行輸入品や海賊版を防ぐべく、任天堂はゲーム機にリージョンロック(再生できなくする仕組み)の手段をとったが、のちにマーケットの停滞を招く事態になってしまい、中国事業はまたしても軌道に乗らず、あっけない幕切れを余儀なくされている。

●未開であるがゆえ開拓余地の大きい市場

中国のゲーム市場は18年には4兆円近くに達し、世界最大とされるが、スマートフォンによるゲームが市場全体の6割のシェアを握る。従来はハードを購入するのに数万円、またソフトの購入都度に数千円が必要だったのに対して、スマホゲームであれば必需品とされるスマホを買うことにより、様々なソフトが内蔵もしくはダウンロードすることでゲームが楽しめる、そのお得感から普及したとされる。

一方でゲーム専用機による市場占有率は0.5%程度にとどまっている。その背景には、青少年へのゲーム機の悪影響を懸念した中国政府が2000年から13年間、ゲーム機の販売を原則禁止したためだ。中国の国土面積は広く、小売・流通業には多くの制約もあって、ゲーム機の販売にはハードルが高い。ゲーム雑誌で新作ゲームを見たが近所にはゲーム売り場が見当たらずどこで購入できるのか分からない、あるいは売る側も流通コストが高く入荷できない、などの問題がある。地方から見て、海外も上海もみな同じく「遠方」なのだ。

また、海賊版であっても値段が高く、一概に廉価ゆえ海賊版が売れているという状況ではなかった。海賊版を購入していることに気づいていない人々も多かったかもしれない。ゲーム業界にとって、ユーザーが無意識に海賊版を買って遊ぶ習慣は大きな壁となった。世界のゲーム大手、マイクロソフトとソニー <6758> も中国のゲーム機市場に参入しているが、成功を収めている企業は一つもない。しかし、ゲーム機メーカーにとっては開拓余地が大きい市場であることもまた事実である。

●世界最大のゲーム市場、中国をどう攻めるか

4月26日、任天堂とテンセントが同時に、中国市場でのゲーム事業で協業すると正式発表した。両社は共同で任天堂のゲーム機「ニンテンドースイッチ」を販売すると表明。発売日や価格は「今後発表する」としている。任天堂の古川俊太郎社長は、25日の19年3月期決算説明会の場でテンセントとの協業について「中国でネットコミュニケ―ション市場とゲーム市場で最大規模の基盤を持つ会社と共同でビジネスを展開すれば、中国ビジネスの最大化を図れる」と話していた。

中国で一番人気のゲームは間違いなくテンセントが運営する「王者栄耀」だ。スマホアプリの「微信(ウィーチャット)」から起動できることが、人気の決め手でもあったらしい。テンセントは99年にリアルタイムチャットソフト「ICQ」のアイディアに基づき、中国で「QQ」やウィーチャットを開発・運営して企業規模を急速に拡大し、そのユーザー数が10億人に上るとともに、同社がゲーム業界に参入してからわずか数年で世界1位のゲーム会社となった。テンセントの経営戦略とビジネスモデルは中国では非常に典型的な例として見られる。中国のゲーム業界が持つ特徴は、コンシューマー時代の開発経験の積み重ねがなく、そして海外との公平な市場競争がなかったことだ。その状況の中で、創作意欲の高い市場参加者は海外で評価を勝ち得たゲームを参考にしながらも、中国ユーザーの需要を正確に把握してそのニーズを組み込み、成功してきた。また、政府による規制が厳しく、ゲームソフトは発売にあたって、当局により1本ずつ検閲を受け、特に海外メーカーのソフトは4~6ヵ月かかることもよくあることとされる。合格するのに長期間かかる検閲制度が、海外メーカーにとって大きな参入障壁になっている。したがって、これまで成功を収め中国市場を熟知しているテンセントとの提携は、任天堂の賢明な一手として評価する声が高い。

この提携について、市場関係者は「任天堂にとってニンテンドースイッチは既にドル箱商品には違いないが、これまでは日米など先進国での発売に限られてきた。今回のテンセントとの協業で中国市場での販売が可能となれば、新たな成長エンジンを手にすることに等しい。実際に発売に漕ぎつけるまでにはまだ時間を要することとなりそうだが、実現すれば株価にもポジティブに働くことは間違いないだろう。また、このスイッチの発売は中国における任天堂の存在感を高めることにもつながる。言い換えれば、スイッチだけではない同社の擁する知的財産の価値が中国という巨大市場で認知されることで、収益や株価面に副次的な恩恵を与えることが考えられる」(国内ネット証券アナリスト)と高く評価している。

●テンセントの決心の先に見えるもの

一方、テンセントでは、「王者栄耀」に匹敵するようなヒット作がなかなか見いだせずにいる。ビジネスモデルにそろそろ限界が見えてきたところでもあり、今後は海外市場進出を試みると同時に、彼らが熟知する中国市場を深耕する、つまり次なる成長市場のゲーム専用機市場を開拓するというのが妥当ではないか。18年には、一年近くにも及ぶ中国政府による「ゲーム認可の凍結」があり、ポルノ、ギャンブルや暴力、そして政府が不適切と考えるコンテンツを含むゲームの撤去というのが目的とされた。これに応じ、テンセントは企業のイメージアップを様々な形で図ってきた。「世界で人気のスイッチを取り込むことで中国の若い世代に新しい体験を」、「あの任天堂と提携することは正しいイメージの向上をもたらす」との声もある。中国の市場関係者からは、世界で受け入れられている任天堂が持つ知的財産は中国政府の検閲制度も容易にクリアできるとの見方が大半だ。

そもそも任天堂が中国市場進出を決めたのは「任天堂のゲーム機を世界のプラットホームにしたい」という思惑がある。両社の思惑通りに進むかどうかはまだ不透明だが期待が大きいのも事実だ。近年では、中国の経済力向上とともに、流通チャネルや販売網が著しく成長しており、数年前とは状況が違う。ただ、ゲーム機市場において、長期間を要する検閲制度の他、これまでのゲーム機はリージョンロックで制限され、またローカライズされたゲーム数がそもそも限られており遊べるものがないとされている。その辺をどうクリアするのか。何はともあれ、テンセントは「スーパーマリオ」シリーズのゲームについて、当局から販売許可を得られる見通しにある。その先に見える景色は、任天堂にとって明るい未来を示唆するものなのか否か、年内にもその答えが見えてくることになりそうだ。

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