不確定要素が残る覚書、ホルムズ海峡の航行制限続けば世界の石油在庫はさらに減少も <コモディティ特集>
和平やホルムズ海峡の解放を巡り、米国とイランが14項目の覚書で合意した。レバノンを含むすべての戦線における軍事作戦の即時かつ恒久的な終了、60日以内に最終合意を達成すること、米国による海洋封鎖の解除やイランがホルムズ海峡の解放すること、イランの再建と経済開発のための少なくとも3000億ドルの復興計画を策定すること、米国が覚書署名後直ちにイラン産原油、石油製品および派生品の輸出、およびこれらに関連するすべてのサービス(銀行取引、保険、輸送など)に対する制裁を一時免除すること、最終合意が国連安全保障理事会の承認を得ることなどが盛り込まれた。
●米国は目標を何一つ達成できていない
2月末にイラン戦争が始まった当初、米国はイランにナタンズ、イスファハン、フォルドゥなどの主要な核施設をすべて解体すること、ウラン濃縮の完全な停止、イランが保有する高濃縮ウランをすべて引き渡すこと、ミサイル開発の制限、ヒズボラやフーシ派など代理組織への支援停止、反米政権の転換あるいはイラン最高指導者の選出に関与することを要求していたが、覚書では何一つ達成されなかった。最終合意に向けて米国とイランは、イランが保有する高濃縮ウランの処理について協議する見通しだが、イランの核開発についてはまだ何も決まっていない。覚書では、核兵器を保有しないと明言し続けていたイランが、核兵器の取得・開発を行わないことを再確認しただけである。
トランプ米大統領はイラン攻撃作戦を実行しつつ、イランに無条件降伏も要求していた。米国が前最高指導者アリ・ハメネイ師を殺害した後、イランに受け入れ可能な最高指導者の選出も要求していたが、新たなイラン最高指導者に選ばれたのは反米色の強いモジタバ・ハメネイ師である。米国やイスラエルはイラン戦争で目標を達成できなかった一方、イランはホルムズ海峡を管理していずれ通行料を徴収する見通しであるほか、イラン周辺から米軍基地を排除し、実質的な戦後賠償である3000億ドルや制裁解除を手に入れた。イラン戦争を仕掛けた米国とイスラエルの完全な敗北である。覚書に対するイスラエル国内の反応を見れば、覇権国である米国が打ちのめされたのは明らかだ。イスラエルのバラク元首相は米国とイランの合意について「一言で言えば悪い、二言で言えば非常に悪い」と述べている。現政権の転換が実現しそうなのはイランではなく、米国やイスラエルかもしれない。イスラエルでは10月までに総選挙が実施され、米国では11月に中間選挙が行われる。
今回のイラン戦争はイスラエルの要求に基づいて米国とイスラエルが共同で始めた戦争であり、往生際が悪いトランプ米大統領よりもイスラエルのほうが素直に敗北を認めている。イランによる核開発リスクを完全に排除できなかったこと、イランが高性能なミサイル開発を続けることはイスラエルにとって最大の脅威である。また、ホルムズ海峡の通行料や3000億ドルの復興資金で、イラン革命防衛隊(IRGC)だけでなく、イエメンのアンサールアッラー(フーシ派)やレバノンのイスラム組織ヒズボラなど親イランの代理勢力が強化される可能性が高く、イスラエルにとって戦後のイランは軍事的により強くなるリスクがある。
語り継がれそうな敗北を喫したトランプ米大統領だが、SNS上では以前と変わらない。スイスで米国とイランの代表団が交渉を開始しようとしていたなかでも、「必要なら我々が(ホルムズ)海峡を掌握する、奴らをぶっ潰してやる」、「お前らはクソみたいな国に戻れなくなる、残りの国土は我々が乗っ取る」などと、元気はつらつである。
●原油相場の上振れ圧力は解消されず
ただ、トランプ米大統領の虚勢とは裏腹に、米国には新たな問題が降りかかろうとしているように見える。イスラエル軍がレバノン駐留を続けて覚書に違反するなか、イランがホルムズ海峡の再封鎖を発表し、石油の供給不足が解消されていない可能性が高い。イランのファルス通信によると、今週に入ってホルムズ海峡の再封鎖が解除された後、イラン革命防衛隊(IRGC)が航行する船舶を制限しているという。世界的な石油在庫が取り崩しの困難な水準に向けて減少を続けていることは、原油相場の上振れ圧力が解消されていないことを意味する。米国内の石油在庫があとどれだけ取り崩しに耐えられるのか不透明だ。
米国とイランが交わした覚書の第1項で、レバノンを含むすべての戦線における軍事作戦の即時かつ恒久的な終了が宣言されており、この「すべての戦線」にパレスチナ自治区が含まれると解釈すれば、ホルムズ海峡の航行がいつ正常化するのかわからない。レバノンからの撤退すら渋るイスラエル政府が、ガザ占領を潔く諦める可能性はゼロに近いためである。覚書にはガザやヨルダン川西岸などパレスチナ自治区は明示されていないが、レバノンからイスラエル軍が撤退するタイミングを見計らって、イランは米国にイスラエル軍のパレスチナ自治区からの撤退を要求するかもしれない。覚書を土台として米国とイランがスイスで協議を実施し、中東和平期待が高まったものの、イランがパレスチナ問題に踏み込むと、外交協議は泥沼化しそうだ。ただ、原油高が再び猛威を振るうなら、世界最大の石油消費国である米国は妥協を重ねる以外に選択肢がないと思われる。
(minkabu PRESS CXアナリスト 谷口 英司)
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