需給の壺―銀の需給③―【若桑カズヲの株探ゼミナール】

第29回:銀の需給③
――銀は採掘の主役にあらず、副産物という供給の罠――
市場価格を動かす本質的な要因は、需要と供給、すなわち「需給」に尽きる。経済指標や金融政策、地政学リスクといった政治情勢のほか、他の金融市場の動向など、しばしば価格変動の要因として語られる指標は、あくまで需給を変動させる「きっかけ」に過ぎない。本連載では、この「需給の壺(ツボ)」を読み解くことを目的とし、マーケットにおける需給の基本構造とその変遷を追いながら、未来への洞察を試みる。
前回の「第28回:銀の需給②」では、太陽光発電を中心とする需要拡大によって、銀市場の性格そのものが変わりつつあることを確認した。銀はもはや景気循環だけで価格が決まる金属ではない。国家による電源投資計画やエネルギー安全保障政策が、銀需給を左右する時代に入っている。しかし、ここで一つの疑問が残る。需要が増え続けるのであれば、なぜ供給も同じように増えないのだろうか。
仮に太陽光発電向け需要の拡大に応じて鉱山生産も増えるのであれば、市場はやがて均衡へ向かうはずである。実際、多くの資源市場はそのように機能している。価格が上昇すれば増産が進み、需給は徐々に落ち着きを取り戻す。ところが、銀市場では、その常識が必ずしも当てはまらない。銀市場を理解するうえで本当に重要なのは需要ではない。むしろ供給なのである。
◆銀を掘るために、銀は掘られていない
銀市場には他の資源にはあまり見られない特徴がある。それは、世界で生産される銀の大半が、銀を採掘することを主目的としてもたらされたものではない、という点である。一般に「銀鉱山」と聞けば、銀鉱石を採掘し、精錬して銀地金を生産する過程を想像する。しかし、実際にはそうした「一次銀鉱山」(銀が収益の主体となる鉱山)は供給全体の一部に過ぎない。米国地質調査所(USGS)は、銀は鉛・亜鉛、銅、金の鉱山から、この順で副産物として得られることが多いと説明しており、国際的な非営利業界団体「The Silver Institute(シルバー協会)」がまとめる銀の世界需給状況調査レポート『World Silver Survey 2026』でも、世界の銀生産のうち「一次銀鉱山」による生産は26.1%にとどまり、残りは鉛・亜鉛鉱山(29.4%)や銅鉱山(28.0%)・金鉱山(15.9%)からの副産物であったとしている。

出所:World Silver Survey 2026
この事実は、銀市場を理解するうえで決定的に重要である。例えば銅鉱山を運営する企業にとっての主役は銅であるが、その鉱石の中に銀が含まれているため、結果として銀も生産される。ここで経営判断を左右するのは銀価格ではなく銅価格である。仮に銀価格が大きく上昇しても、銅価格が低迷していれば鉱山会社は増産に慎重になるだろう。逆に銀価格がさほど上昇していなくても、銅価格が高騰すれば銅は増産され、その副産物として銀の供給も増加する。
副産物としての供給ウェートの大きさは、銀の運命が他の金属市場に左右されることを意味する。特に重要なのが、銅である。世界的な脱炭素化や電力網投資の拡大を背景として、銅の需要もまた拡大している。送配電網、データセンター、EV(電気自動車)、再生可能エネルギー設備など、現代社会の電化を支えているのが銅だからである。そのため銀投資家は、銅などの価格や鉱山への設備投資が、数年後の銀供給を左右する可能性があることを理解しておく必要がある。
◆鉱山の環境問題
さらに銀市場の需給構造を難しくしているのが、時間の問題である。仮に銀価格が上昇したとしても、新しい供給はすぐには生まれない。鉱山開発には長い年月が必要だからだ。有望な鉱床を発見し、資源量を調査する。採算性を検証し、環境影響評価を実施する。許認可を取得し、道路や電力網を整備する。その後ようやく採掘が始まる。鉱山開発には10年以上かかることも珍しくない。もっとも、これは銀に限った話ではなく、他の鉱物の採掘にも言える話ではあるが、他の鉱物の副産物となればなお更であろう。
また、鉱山開発はしばしば周辺環境に深刻な汚染を引き起こしてきた。代表的な事例としては、ボリビアのポトシ銀山が挙げられる。植民地時代から続く銀精錬(アマルガム法)では大量の水銀が使用され、1564年から1810年の間だけでポトシとワンカベリカ(水銀の産地)を合わせて約5.6万トンの水銀が大気中に放出されたと推計する研究がある。現代でもポトシの精鉱施設からは硫黄化合物やシアン化合物、重金属を含む排水が周辺のリオ・ピルコマヨ川流域に流出しており、この汚染は450年以上にわたって続いているとされる。
これら鉱山由来の環境破壊において、閉山後も長期にわたって被害を与え続ける現象が「酸性鉱山廃水」である。この現象は、採掘によって地殻が削られ、本来は地中に埋まっていた黄鉄鉱などの硫化鉱物が、空気中の酸素や雨水に直接さらされることから始まる。硫化鉱物が水や酸素と化学反応を起こすと、強い酸性を持つ硫酸が生成される。さらに、この酸性環境を好む鉄酸化細菌が活発化することで、酸化反応の速度は最大で10万倍前後にまで加速するとされ、酸性水が急速に増殖する悪循環が生まれる。こうしてできた強酸性の水は、周囲の岩石や鉱石に触れることで、鉛、カドミウム、銅、ヒ素といった人体に極めて有害な重金属を溶かし込み、重金属を含む排水となって地域の水源へと流出してしまう。
かつては、発生してしまった酸性水に石灰などを混ぜて後から中和する「後追い」の対策が主流であったが、莫大なコストが永久にかかり続けるという問題があった。そこで現代の鉱山では、酸性水の原因となる鉱物、酸素、水の3つを最初から出会わせないよう、予防的な封じ込め対策が導入されている。不要になった鉱物くずを水中に沈めて酸化を止める「ウェットカバー法」や、地表に露出した鉱床を防水シートや粘土の層で覆う「多層型ドライカバー法」などが代表例である。いずれにしても現代の銀採掘には相応の環境対策コストが伴う点を指摘しておきたい。
最近は環境規制の強化や地域住民との合意形成のため、新規鉱山開発の期間は長くなる傾向にある。前回見たように、太陽光発電向け需要は政策によって短期間で大きく変化する。しかし、供給はそうはいかない。「需要は速く動く」「供給は遅く動く」という非対称性こそが、近年の銀市場に継続的な緊張感をもたらしている。
◆銀供給を支えるメキシコとペルー
銀の供給を考える際に欠かせない国がある。メキシコとペルーである。両国は長年にわたり世界有数の銀生産国として知られている。「The Silver Institute」によれば、メキシコは減少傾向であるものの、2025年に1.73億オンス(5378トン)を産出する世界最大の銀生産国であり、ペルー、中国、ロシア、ボリビアがこれに続いた。

出所:World Silver Survey 2026
興味深いことに、これらの地域は数百年前から世界の銀供給地帯であった。16世紀にスペイン帝国が開発したポトシ銀山やメキシコの銀山は、世界貿易を支える銀を供給していた。「第27回:銀の需給①」で見たスペイン銀貨の物語は、まさにこの地域から始まっている。数百年前、中国へ渡った銀の多くは中南米から運ばれた。そして現在、太陽光パネルや電子機器に使われる銀の相当部分もまた、この地域から主に中国に供給されている。歴史は形を変えて続いているのである。(第30回に続く)
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。
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