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需給の壺―銀の需給④―【若桑カズヲの株探ゼミナール】

特集
2026年8月13日 11時31分

第30回:銀の需給④

――第二の金か工業金属か、銀価格を決める二つの顔――

市場価格を動かす本質的な要因は、需要と供給、すなわち「需給」に尽きる。経済指標や金融政策、地政学リスクといった政治情勢のほか、他の金融市場の動向など、しばしば価格変動の要因として語られる指標は、あくまで需給を変動させる「きっかけ」に過ぎない。本連載では、この「需給の壺(ツボ)」を読み解くことを目的とし、マーケットにおける需給の基本構造とその変遷を追いながら、未来への洞察を試みる。

前回の「第29回:銀の需給③」では、銀の供給構造に焦点を当てた。銀市場が他の資源市場と大きく異なるのは、その供給の大部分が銅や鉛、亜鉛などの副産物であることだ。そのため、価格が上昇したからといって直ちに増産できるわけではなく、供給は常に需要の変化に対して遅れて反応する。

◆「Silver Deficit」はなぜ続くのか

こうした供給構造を理解すると、「第28回:銀の需給②」で触れた「Silver Deficit(銀の供給不足)」の意味も見えてくる。国際的な非営利業界団体「The Silver Institute(シルバー協会)」の調査では、銀市場は2021年以降、継続して需要が供給を上回る状態にある。2025年は5年連続の供給不足となり、不足量は4030万オンス(1253トン)、2026年はさらに拡大して4630万オンス(1440トン)の不足が見込まれている。もちろん、不足分は地上在庫によって補われている。

しかし、在庫があるから問題ない、という話でもない。重要なのは、需要の増加に対して供給が十分に反応できていない、という事実である。前回見た太陽光発電の需要拡大も、こうした供給制約の上に積み重なっている。「Silver Deficit」が繰り返し話題になるのは、そのためである。

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出所:World Silver Survey 2026

◆金は蓄積されるが、銀は使われる

金と銀は同じ貴金属に分類される。しかし、需給の観点から見ると、その性格は驚くほど異なる。金は採掘された後も市場に残り続ける。宝飾品となり、地金となり、中央銀行の金庫に保管される。形を変えても、人類がこれまで採掘した金の大部分は今も地上に存在している、と考えられている。そのため、金市場では新規供給より既存在庫の方が重要になる。誰が保有するのか、中央銀行なのか、投資家なのか。価格形成の中心にあるのは、膨大な地上在庫の所有権を巡る競争である。

これに対して銀は違う。もちろん、銀も地金やコインとして保有される。しかし、それは全体の2割程度に過ぎない。現代の銀需要の半分以上は工業用途である。電子機器や自動車、太陽光パネル、医療機器など、銀は現代産業のあらゆる場所で使用されている。さらに工業製品に組み込まれた銀のすべてが回収されるわけではない。リサイクル技術は進歩しているものの、小型電子機器などに分散した銀は極めて微少であり、経済的に回収が難しい場合も少なくない。

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つまり、金は蓄積され、銀は使われる。この違いこそが、金市場で「誰が持っているか」が重要になり、銀市場では「足りているか」が重要になる理由なのである。歴史を振り返れば、銀は貨幣として世界経済を支えてきたが、現代では工業金属となっている。その需要の方向性はある程度見えているが、問題は供給である。そして、もう一つ忘れてはならないことがある。銀価格は需給だけでは決まらない。銀価格を理解するためには、「工業金属としての銀」と「貴金属としての銀」という二つの顔を同時に見る必要がある。

◆世界を揺らした「銀の買い占め」

貴金属としての銀が投資マネーによって大きく動いた代表例が、1979年から1980年にかけて起きたハント兄弟事件である。1970年代後半、世界はインフレに揺れていた。1971年にニクソン・ショックによって金とドルの交換が停止され、戦後の固定相場制度は終わりを迎えた。さらに二度のオイルショックが世界経済を襲い、ドルの価値に対する不安が広がる。そんな時代に「紙幣よりも実物資産を持つべきだ」と考えた一族がいた。米国テキサス州の石油王、ハント家である。

中心となったのは、ネルソン・バンカー・ハントとウィリアム・ハーバート・ハントの兄弟だった。彼らは巨額の石油収入を背景に、まず金を購入しようとする。しかし、当時、多くの国では金取引に様々な制約が存在していた。そこで彼らが目を付けたのが銀だった。兄弟は銀地金を買い集めた。やがて、その購入量は個人投資家の域をはるかに超えるようになる。

現物だけではない。先物市場でも大量の買いを積み上げ始めたのである。市場参加者はざわつき始めた。「あの兄弟は世界中の銀を買うつもりらしい」といった噂まで流れた。そのようなことはできるはずもなかったが、彼らの買いは十分に市場を動かしたのである。1978年初頭に1オンス=5ドル前後だった銀価格は急騰を続け、1980年1月には一時50ドル近くに達した。わずか2年で約10倍である。銀鉱山株は沸騰し、投資家は銀市場へ殺到した。新聞は連日、活況を呈する銀相場を報じ、人々は「まだ上がる」と信じていた。

だが、熱狂は永遠には続かない。市場の過熱を危険視した取引所と規制当局によって証拠金が引き上げられ、新規買いポジションには厳しい制限が課された。レバレッジを利用していた投資家は追加資金を求められ、買い続けることが難しくなっていく。そして、1980年3月27日、銀価格は崩壊した。買いが買いを呼んだ市場は、売りが売りを呼ぶ市場へと変貌したのである。後に「Silver Thursday(銀の木曜日)」と呼ばれる混乱のなかで、ハント兄弟は巨額の損失を抱えた。市場は恐怖に包まれ、多くの投資家が巻き込まれた。

この出来事は、銀市場に今なお重要な教訓を残している。銀は工業金属である。しかし、それだけではない。投資家が将来への不安を抱けば、銀は「価値の保存手段」として買われる。逆に熱狂が行き過ぎれば、需給以上の勢いで価格が動くこともある。つまり、銀価格は工場で消費される量だけで決まるわけではない。銀には工業金属としての顔と、人々の信用不安を映す金融資産としての顔がある。

◆金銀比価という歴史的な物差し

銀投資家が古くから注目してきた指標が、「金銀比価(Gold-Silver Ratio)」である。これは金価格を銀価格で割った値であり、「金1オンスを買うために銀何オンスが必要か」を示している。歴史的には金銀比価は長期間にわたって変動を繰り返してきた。古代ローマでは12倍前後、中世ヨーロッパでは10~15倍程度。日本の江戸時代には金銀交換比率の違いが国際貿易に大きな影響を与えたこともあった。しかし、現代市場ではおおむね50倍から100倍程度の範囲で推移している。

金銀比価が高いとき、市場は銀に対して慎重であり、低いときは銀への期待が高まっていると解釈されることが多い。もちろん、適正水準を決めることはできない。なぜなら金は主として金融資産であり、銀は工業需要を大量に抱えるからである。それでも金銀比価は、市場が銀を「金に近い資産」と見ているのか、それとも「工業金属」と見ているのかを映し出す鏡として利用され続けている。

◆価格形成の中心 COMEXとLBMA、影響が大きいETFと為替

銀価格が決まる中心的な市場は、米国のニューヨーク商品取引所COMEX(Commodity Exchange)と、英国のロンドン貴金属市場協会LBMA(London Bullion Market Association)である。COMEXは先物市場であり、将来の銀価格に対する期待を反映する。一方のLBMAは現物市場の中心であり、世界中の銀地金取引の基準価格形成に大きな役割を果たしている。重要なのは、両市場でやり取りされる数量が現物需要を大きく上回る場合があることである。

実際の工場や太陽光パネルメーカーが必要とする以上の数量が、投資やヘッジ目的で売買される。そのため、短期的な価格変動は、工業需要よりも投資資金の流れによって説明できる場合が多い。銀価格は銀の需給だけでなく、市場参加者が「将来どれだけ不足すると考えるか」によっても動くのである。

近年の銀市場ではETF(上場投資信託)の存在が無視できなくなってきた。投資家が銀ETFを購入すると、基本的にETF運用会社は現物銀を保有する必要が生じる。その結果、市場から銀が吸収される。逆に投資家が売却を進めれば、ETF保有銀は市場へ戻る。つまりETFは、工業需要とは異なる新たな需要項目として機能している。特に金融市場が不安定化する局面では、安全資産として金や銀へ資金が流入しやすい。その際、工業需要に変化がなくても銀価格が上昇する場合がある。銀が「第二の金」と呼ばれる理由の一つは、ここにある。

銀価格を考える際には、ドル相場や景況も重要である。国際商品市場の多くはドル建てで取引されるため、一般論としてドル安は銀価格の上昇要因、ドル高は下落要因となる。さらに、銀は景気循環の影響も強く受ける。金の場合、景気後退局面では安全資産としての需要が高まり、価格上昇要因となることが多い。しかし、銀はそう単純ではない。景気後退によって電子機器や自動車の生産が減少すれば、工業需要は弱まる。一方で金融不安が拡大すれば、投資需要は増加する。つまり、景気後退局面では、工業金属として弱材料、貴金属としては強材料が同時に発生するのである。銀価格の予測が難しい理由は、この二面性にある。

◆未来への洞察

銀市場の未来を予想する際、本連載で見てきた需給構造から、いくつかの可能性が考えられる。まず長期的には、需要を支える要因が比較的明確である。太陽光発電や電力網投資、電気自動車、データセンターなど、世界が電化へ向かうほど銀需要は増加しやすい。一方で供給側において、主に副産物依存という構造は変わらなさそうである。価格が上昇したからといって直ちに増産できる金属ではない。その意味では、需給だけを見れば、銀市場は引き続き引き締まりやすい構造と考えられる。

しかし、短期的な価格は別である。景気後退が起これば、工業需要には逆風となる。ドル高が進めば、商品市場全体の重石となる。逆に金融不安が強まれば、安全資産需要から資金が流入する可能性もある。つまり、短期的には景気や金融市場の影響を受けやすい。米商品先物取引委員会(Commodity Futures Trading Commission 、CFTC)が毎週公表する建玉明細(COTレポート)によれば、銀先物の投機筋ネットポジション(非商業系トレーダーの建玉、1枚あたり5000トロイオンス≒155.5㎏)は、2025年後半から縮小傾向にある。同様の傾向は金先物にもみられたが、その後の急激な価格上昇に、投機筋が上値を積極的に追えていない。

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この背景として考えられるのは、金価格と同様に、当時の銀価格は中国の上海黄金交易所(SGE)や上海 先物取引所(Shanghai Futures Exchange、SHFE)が価格形成を主導していたことがあり、ロンドン(LBMA)やニューヨーク(COMEX)などの欧米基準価格を大幅に上回るプレミアム(価格差)を維持していた。特に2026年1月には中国当局による銀輸出規制が発表され、ショートスクィーズ(玉締め)が起きたと考えられる。しかし、価格の急騰によるボラティリティ(変動率)の上昇は証拠金率の引き上げを招き、中国では価格急騰による銀ファンドの取引停止などがきっかけとなり、買いが買いを呼ぶ地合いは売りが売りを呼ぶ地合いに転じた。

本連載で繰り返し見てきたように、市場価格を動かす本質は需給である。そして、現在の銀市場では、その需給バランスは緩和よりも逼迫の方向にあるように見える。調整が一巡すれば、再び騰勢を強める可能性もあろう。もちろん、未来は誰にも分からない。だが、少なくとも銀を考える際には単なる貴金属ではなく、「現代産業を支える資源」として見る必要がある。

歴史を振り返れば、銀は貨幣として世界を巡った。現代では電子機器や太陽光発電を支えている。そして、投資市場では今なお「第二の金」として売買されている。しかし、金は信用の物語であり、銀は産業と信用の物語である。次回からは、その産業社会をさらに根底で支える金属、銅の需給を見ていきたい。(第31回に続く)

◆若桑カズヲ (わかくわ・かずを):
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。

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