概要・株価
チャート
ニュース
かぶたん ロゴ
PR

需給の壺―銅の需給②―【若桑カズヲの株探ゼミナール】

特集
2026年9月10日 10時00分

第32回:銅の需給②

――EV、AI、データセンターが銅を飲み込む――

市場価格を動かす本質的な要因は、需要と供給、すなわち「需給」に尽きる。経済指標や金融政策、地政学リスクといった政治情勢のほか、他の金融市場の動向など、しばしば価格変動の要因として語られる指標は、あくまで需給を変動させる「きっかけ」に過ぎない。本連載では、この「需給の壺(ツボ)」を読み解くことを目的とし、マーケットにおける需給の基本構造とその変遷を追いながら、未来への洞察を試みる。

前回は、銅が人類文明を支えてきた歴史と、その物理的特性を確認した。銅は高い電気伝導性、加工性、耐食性を併せ持ち、発電や送配電、建物内配線、モーター、通信設備などに幅広く使われる。これまで銅需要は、住宅建設や製造業の設備投資と連動する典型的な景気敏感需要と考えられてきた。しかし現在、銅市場には景気循環とは異なる構造的な需要が加わっている。EV(電気自動車)、送配電網、再生可能エネルギー、AI(人工知能)・データセンター向けの需要である。これらは別々の産業に見える。しかし、その根底には共通点がある。いずれも大量の電力を必要とし、その電力を運び、変換し、制御する設備を必要とすることである。

電化を支える4分野と主な銅用途
分野主な銅用途銅需要が増える経路
EV(電気自動車)モーター巻線、高電圧ケーブル、インバーター、バスバー、電池接続部、車内配線内燃機関から電動駆動へ移行することで、車両内部の電気系統が拡大する
充電・送配電網充電器、配電線、変圧器、変電所、建物内配線EVや電化設備が増えるほど、電力を運ぶ系統側の増強も必要になる
太陽光・風力発電発電機、集電ケーブル、インバーター、変圧器、陸上・海底ケーブル発電設備そのものと、電力網への接続設備の両方で銅が使われる
AI・データセンター受変電設備、電力ケーブル、配電盤、接地設備、冷却設備、非常用電源施設内部の銅需要に加え、発電・送配電設備の増強を通じて間接需要も発生する

◆「電池」だけでは動かないEV

EVという言葉から、多くの人はリチウムイオン電池を連想する。確かに、リチウム、ニッケル、コバルト、黒鉛などは電池材料として重要である。しかし、EVは電池だけで走るわけではない。電池に蓄えられた電力をモーターへ送り、モーターを回転させ、車輪を動かす必要がある。その過程では高電圧ケーブル、モーターの巻線、電圧と周波数をコントロールするインバーター、電流を効率よく分配するバスバー、充電端子、各種配線などに銅が使用される。

内燃機関車にも銅は使われているが、EVでは駆動系そのものが電気機器になるため、一般に使用量が増える。もっとも、車種や電池容量、モーター方式、電圧設計などによって銅の使用量には差がある。このため、「EV1台当たり何キログラム」という数字は、調査条件を明記せずに固定値として扱うべきではない。

また、EV需要を考える際、車両だけを見ていては不十分である。EVを充電するためには充電設備が必要となり、急速充電器を大量に設置すれば、地域の配電設備を増強しなければならない場合もある。このようにEVの普及は、車両向け銅需要を増やすだけではない。充電器、変圧器、配電線を含む電力インフラ全体に新しい需要を生み出すのである。

◆本当の主役は送配電網

電化社会における銅需要の主役としてEVが注目されやすい。しかし、より大きな構造変化をもたらす可能性があるのは送配電網である。電力網には、発電所から高電圧で電気を運ぶ送電網と、変電所から企業や家庭へ電力を届ける配電網がある。さらに変電所には、電圧を変換する変圧器、遮断器、制御設備などが置かれている。再生可能エネルギーの導入が進むと、発電地点も変化する。従来の火力発電所や原子力発電所は、大規模電源として一定の場所に建設されてきた。一方、太陽光や風力発電は、日射や風況に適した場所へ分散して設置される。発電所が増えても、需要地へ接続する送電線がなければ電気は使えない。また、太陽光や風力は出力が変動するため、地域をまたいだ電力融通、蓄電設備、系統制御への投資も必要になる。

国際エネルギー機関(International Energy Agency、IEA)が発行する『世界の重要鉱物見通し2025』の表明政策シナリオ(STEPS)では、銅需要の内訳として送配電網が独立した主要項目に位置づけられており、クリーン技術向け銅需要は2024年の約774万トンから2030年には約1091万トンへ増加する見通しである。言い換えれば、エネルギー転換は発電方式を置き換えるだけの話ではない。世界規模で電力の道路を造り直す計画でもある。そして、その道路を流れる電気を運ぶ材料が銅なのである。

【タイトル】

出所:IEA, Global Critical Minerals Outlook 2025, Copper。2030年と2040年は表明政策シナリオ(STEPS)に基づく予測値

◆銅を二重に必要とする再生可能エネルギー

太陽光発電と風力発電は、燃料を燃やさずに発電できる。しかし、設備そのものには大量の金属や鉱物が必要となる。太陽光発電設備では、パネル同士を接続する配線、インバーター、変圧器、発電所から系統へ電力を送るケーブルなどに銅が使用される。風力発電設備では、発電機内部の巻線、タワー内部のケーブル、変圧器、送電ケーブルなどに銅が必要となる。

洋上風力となれば、陸上まで電力を運ぶ海底ケーブルが必要となる。もっとも、ケーブルの導体には銅だけでなくアルミニウムが採用される場合もあるため、すべての再生可能エネルギー設備が同じ量の銅を使用するわけではない。それでも再生可能エネルギーが銅需要を押し上げる構造は明確である。第一に、発電設備そのものが銅を使う。第二に、発電地点を電力網へ接続するためにも銅を使う。つまり、再生可能エネルギーは、発電設備と送配電設備の二重の経路から銅を必要とする。

◆半導体だけではないAIが生み出す需要

AI需要についても、一般にはGPU(画像処理半導体)やサーバーが注目される。しかし、AIを実際に稼働させるためには演算装置だけでなく、大量の電力を安定して供給する施設が必要となる。データセンターには、外部から高圧電力を受け入れる受変電設備、施設内部へ電力を分配する配線、停電時に備える無停電電源装置、非常用発電設備、サーバーを冷却する設備などが設置される。銅はデータセンター内部の電力ケーブル、通信線、接地設備、変圧器、配電盤、冷却設備などに使用される。

IEAは2026年4月に公表した『エネルギーとAIに関する重要な質問』で、世界のデータセンターへ供給される電力量が2025年の約485テラワット時(TWh、テラは1兆)から、2030年には約945 TWhとほぼ倍増し、2035年には約1193 TWhへ増えると予測している。ちなみに、2023年の日本の総電力消費量は約903 TWhであった。もちろん、基準ケースによる予測であり、AIの普及速度や省電力化によって変わり得るが、これに伴ってデータセンター関連の銅需要が2030年には約51.2万トンへ達するとIEAは推計している。世界の全需要から見れば数%規模に過ぎないが、短期間に新たに加わる需要としては無視できない量である。

AIと銅の関係で重要なのは、データセンター建物内に使われる銅だけではない。巨大なデータセンターが一地域に集中すれば、その地域の電力需要が急増する。既存の送電線や変電所で対応できなければ、新しい送電線、変電所、発電設備が必要になる。IEAは、データセンターの電力需要増加分について、2030年までの5年間では再生可能エネルギーが半分近くを供給する一方、天然ガスと石炭も合わせて40%超を供給する、と予測している。つまり、AIの拡大は電力システム全体への投資をも促す可能性がある。

◆銅鉱山は、開発するより買った方が早い

ここまでの話は、EVやAIといった成長産業が銅需要を押し上げるという需要側の物語であった。しかし、もう一つ興味深い動きがある。世界の大手鉱山会社が、銅資産を巡って実際に巨額の資金を動かそうとしていることである。代表的な事例として、2024年にオーストラリアの資源最大手であるBHPグループ<BHP>が、同業の英アングロ・アメリカンへ行った株式交換等による買収提案が挙げられる。

ロンドン株式市場に上場しているアングロ・アメリカンは、チリやペルーなどの銅資産を保有する総合資源会社である。BHPは買収提案が実現すれば、エネルギー移行に重要と定義される銅事業の拡大が、アングロ・アメリカンの保有する銅資産を通じて可能になる、と自身の株主に胸を張った。

しかし、この提案について、アングロ・アメリカンは同社とその将来の展望を著しく過小評価していると結論づける。特に総生産量の30%を占める銅に加え、その他の構造的に魅力的な製品において価値向上に寄与する成長の選択肢を有しており、アングロ・アメリカンの株主は大幅な価値増大の恩恵を享受できるとして、これを拒否した。BHPはその後、条件を引き上げて提案を続けたものの合意には至らず、2025年に買収を断念したのである。

もちろん、この買収提案が銅だけを目的としていたと断定することはできない。アングロ・アメリカンは鉄鉱石、プラチナ、ダイヤモンドなど、複数の事業を保有する総合資源会社であり、提案には南アフリカ事業の分離という複雑な条件も含まれていた。しかし、BHPがアングロ・アメリカンの銅資産に着目して買収提案を行い、アングロ・アメリカン自身が買収防衛の根拠として銅資産の成長性を強調した事実は重要である。

なぜ、巨大な鉱山会社は、既存の銅資産を持つ企業へこれほど大規模な提案を行うのか。一つの背景として、新しい大規模鉱山を自ら発見し、許認可を取得し、設備を建設して生産へ移すには長い時間がかかるという事情がある。既に操業している鉱山や、開発が進んだ鉱床を企業ごと取得できれば、ゼロから鉱山を開発するよりも早く生産基盤を拡大できる可能性がある。

つまり、銅の需給逼迫を意識しているのは、商品先物を取引する投資家だけではない。地下資源と鉱山開発の現実を最もよく知る鉱山会社自身が、銅資産を巡って資本を動かしているのである。需要の方向性は見えてきた。では、価格が上昇すれば、銅鉱山は十分に増えるのだろうか。次回はチリとペルー、鉱石品位の低下、そして鉱山開発に必要とする長い時間について取り上げたい。(第33回に続く)

◆若桑カズヲ (わかくわ・かずを):
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。

株探ニュース

人気ニュースアクセスランキング 直近8時間

プレミアム会員限定コラム

お勧めコラム・特集