需給の壺―銅の需給①―【若桑カズヲの株探ゼミナール】

第31回:銅の需給①
――人類文明を流れる血液――
市場価格を動かす本質的な要因は、需要と供給、すなわち「需給」に尽きる。経済指標や金融政策、地政学リスクといった政治情勢のほか、他の金融市場の動向など、しばしば価格変動の要因として語られる指標は、あくまで需給を変動させる「きっかけ」に過ぎない。本連載では、この「需給の壺(ツボ)」を読み解くことを目的とし、マーケットにおける需給の基本構造とその変遷を追いながら、未来への洞察を試みる。
前回まで4回にわたって銀の需給を論じてきた。銀はかつて通貨として世界を巡り、現代では太陽光発電や電子機器を支える工業金属へと変貌した。また、銀供給の多くが、銅や鉛、亜鉛などを採掘する際の副産物であることも確認した。今回からは、その銀を副産物として生み出す側でもあり、現代文明をさらに根底から支える金属である「銅(Copper)」に目を向けたい。
銅は、金や銀のような貴金属ではない。鉄やアルミニウムのように、目に見える巨大構造物の主材料となることも多くない。しかし、発電所から工場へ、変電所から家庭へ、データセンターから世界中の通信端末へと電気やデータを送り届ける裏側では、膨大な量の銅が使用されている。銅は目立たない。しかし、銅がなければ現代社会は動かない。言うなれば、銅は人類文明を流れる血液なのである。
◆銅とは何か
銅は元素記号Cu、原子番号29の金属である。Cuという元素記号は、銅を表すラテン語の「cuprum」に由来する。銅は自然界では単体の自然銅として存在する場合もあるが、現在の鉱山生産では、主として硫化銅鉱や酸化銅鉱を採掘し、選鉱、製錬、精製という複数の工程を経て、高純度の銅地金へ加工される。硫化鉱を含む低品位鉱石から銅を生産する場合、一般に鉱石を採掘して粉砕し、選鉱によって鉱石中の銅の割合を高めた後、製錬と電解精製を経て、純度の高い銅を生産する乾式製錬が行われる。一方で酸化鉱については、酸によって銅を溶出させ、溶媒抽出と電解採取を行う湿式製錬も広く利用されている。
銅の最大の特徴は、電気と熱を非常によく伝える点にある。銅は貴金属を除く金属の中で電気抵抗率が最も低く、電気伝導性が最も高い。そのため銅は、電線やモーター、発電機、変圧器、家電、自動車、通信ケーブル、データ伝送設備、再生可能エネルギー設備などに幅広く使われている。銅には、延性(引き延ばせる性質)と展性(圧縮により薄く広げられる性質)にも優れるという特徴がある。細い線に加工しやすく、折り曲げても破断しにくい。さらに耐食性を持つため、長期にわたって使用される建物内配線や配管などにも適している。現代の電気設備で銅が多用されるのは、単に電気を通すからではない。高い伝導性、加工性、耐久性という複数の特性を同時に備えているからである。
◆人類は銅とともに文明を築いた
銅は人類が最も早くから利用している金属の一つである。自然銅であれば、鉱石から金属を取り出す高度な製錬技術がなくても、叩いて形を整えることができる。そのため、石器時代の終わり頃から装飾品や小型工具などに使われるようになった。やがて人類は、銅に錫(すず、元素記号Sn、原子番号50)を加えると、銅単体より硬い青銅になることを発見する。青銅は武器、農具、祭器、容器などに利用され、社会の生産力と軍事力を大きく変えた。考古学において「青銅器時代」という時代区分が用いられていること自体、銅が文明の発展に与えた影響の大きさを示している。
鉄器が普及した後も、銅は消えなかった。鉄は構造材や工具として優れていたが、耐食性や加工性、電気伝導性では銅と異なる性質を持っていたからである。19世紀以降、発電機や電信、電話、電灯などが普及すると、銅には新しい役割が与えられた。それまで道具や容器として使われていた銅が、電気を運ぶ材料へと変わったのである。20世紀には大規模な発電所と送電網が建設され、家庭や工場へ電力が供給されるようになった。銅線は建物の壁の中を走り、モーターの内部に巻かれ、変圧器の中で電圧を変換する役割を担った。
そして21世紀、銅の役割はさらに広がっている。電気自動車(EV)、太陽光・風力発電、蓄電設備、通信ネットワーク、AI(人工知能)を支える大規模データセンターまで、これから成長が期待される産業のほぼすべてが銅を必要としている。歴史を振り返れば、青銅器時代の銅は文明の「道具」であった。電気の時代に入ると、それは文明の「神経」となり、現在ではさらに文明を動かす「血液」になったと言えるだろう。
◆「世界で最も使われる非鉄金属」なのか
銅はしばしば「世界で最も使われる非鉄金属」と表現される。しかし、数量だけを基準にすると、この表現は正確ではない。銅は鉄やアルミニウムに次いで消費量が多い主要工業金属である。鉄を除く金属、すなわち非鉄金属に限れば、消費量が最も多いのは一般にアルミニウムであり、銅はそれに続く位置にある。したがって、銅については「最も重要な非鉄金属の一つ」、あるいは「電化において最も重要な非鉄金属」と表現する方が妥当である。
それでも銅の市場が特別であるのは、需要先が極めて幅広いことにある。国際銅加工業者協議会(International Wrought Copper Council、IWCC)によれば、2024年における用途別では、産業機器や自動車部品などの「機器製造向け」が半分弱、内線・電気設備のほか電力や通信などの「インフラ向け」が約3分の1、後は配管やビル設備といった「建築・建設向け」などとなっており、特定の一産業に依存する金属ではない(下図参照)。自動車の生産が増えても使われる。住宅の建設が増えても使われる。工場が建設されても、発電所が増設されても、通信設備が更新されても使われる。この需要の広がりこそが、銅価格が世界経済全体の動きを映しやすい理由である。

◆なぜ「Dr.Copper」と呼ばれるのか
市場では銅を「Dr.Copper(ドクター・カッパー)」と呼ぶことがある。経済学の博士号を持っているかのように、世界景気の先行きを診断する金属という意味である。住宅建設が増加すれば、屋内配線や配管の需要が増える。企業が設備投資を拡大すれば、産業用モーターや電力設備に使われる銅が増える。自動車、家電、電子機器の生産が増えれば、それらに組み込まれる銅の需要も増加して価格が上がる。逆に、不況によって住宅建設や設備投資が減少すれば、銅需要は弱くなり価格が下がる。
もちろん、銅価格だけで景気を正確に予測できるわけではない。価格には鉱山の操業障害や在庫移動といった供給要因のほか、為替、投機資金などの動向も影響する。それでも銅需要が製造業、インフラ、建設など広範な経済活動に結びついている以上、銅価格が景況感を映しやすいという考え方には相応の根拠がある。ただし、現在の銅市場には従来の景気循環だけでは説明しきれない変化も起きている。それは、社会全体の電化である。
◆電化社会は銅の社会
石炭や石油は、燃料それ自体を運び、燃焼させてエネルギーを取り出す。しかし、電力は発電しただけでは利用できない。送電線で遠くへ運び、変電所で電圧を調整し、配電網を通じて工場や家庭へ届ける。発電設備の方式が何であれ、最終的に電気を移動させるためには「導体」が必要になる。そこで中心的な役割を担っているのが銅である。
特に近年は、クリーンエネルギー技術向け需要が拡大してきた。太陽光発電所を建設すれば、パネル間を接続するケーブルが必要になる。風力発電設備を建設すれば、発電機、変圧器、海底・陸上ケーブルが必要になる。EVが増えれば、車両内部の配線やモーターに加え、充電器と配電網の増強も必要になる。そして、足元ではAI向けのデータセンター建設が急増しており、施設内部の電力配線だけでなく、その施設へ電気を送り込むための発電・送配電設備も増設しなければならない。電化社会とは、電気を利用する機器が増える社会であると同時に、電気を運ぶ経路が増える社会でもある。その両方で銅が必要になる。
◆銅は使い捨てられるだけではない
もっとも、銅需要のすべてを新しい鉱山生産だけで賄うわけではない。銅は品質を維持したまま繰り返し利用しやすく、製造工程で発生するスクラップや、使用済みの電線、建材、機器などから回収される。リサイクルは銅供給を考えるうえで欠かせない。しかし、将来必要となる銅をすべてリサイクルだけで供給できるわけでもない。建物や電力設備に使われた銅は数十年にわたり使用されるため、直ちにスクラップとして市場へ戻るわけではないからである。銅は循環する金属である。しかし、その循環には時間がかかる。
人類は青銅器時代から銅を利用してきた。それでも、銅がこれほど重要になった時代は過去になかったかもしれない。現代文明は、膨大な量の電気を発電し、運び、制御することで成り立っているからである。そして現在、その銅を飲み込み始めているのがEV、送配電網、再生可能エネルギー、AI・データセンターである。次回は、これらの新たな需要が、銅市場をどのように変えようとしているのかを見ていきたい。(第32回に続く)
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。
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