需給の壺―銅の需給④―【若桑カズヲの株探ゼミナール】

第34回:銅の需給④
――銅価格は何で決まるのか――
市場価格を動かす本質的な要因は、需要と供給、すなわち「需給」に尽きる。経済指標や金融政策、地政学リスクといった政治情勢のほか、他の金融市場の動向など、しばしば価格変動の要因として語られる指標は、あくまで需給を変動させる「きっかけ」に過ぎない。本連載では、この「需給の壺(ツボ)」を読み解くことを目的とし、マーケットにおける需給の基本構造とその変遷を追いながら、未来への洞察を試みる。
前回は、世界の銅供給を支えるチリとペルー、鉱石品位の低下、鉱山開発に要する長い時間を確認した。しかし、供給が増えにくいという事実だけで銅価格を説明することはできない。今回は、銅価格が実際にどこで、誰によって、何を材料に決められているのかを追う。
2026年1月29日、LME銅(3カ月先物)は1トン当たり1万4527.5ドルの最高値(当時)を付けた。この日の上昇幅は2008年以来の大きさで、LMEが設ける1日の値幅制限に迫るほどであった。ところが、取引終了時の価格は1万3612.5ドルまで押し戻され、翌日にはさらに下落した。銅は、ここまで派手に動く金属なのである。この値動きは、誰が、どこで作っているのか。その中心に位置するのは、ロンドンのLME(ロンドン金属取引所)、ニューヨークのCOMEX(ニューヨーク商品取引所)、そしてアジアのSHFE(上海先物取引所)である。
◆世界の基準価格を作るLME
LMEは「London Metal Exchange」の略称である。銅、アルミニウム、亜鉛、鉛、ニッケル、錫(すず)などの非鉄金属を取引する市場であり、現物産業と深く結び付いた先物取引所として機能している。LMEの銅取引は米ドル建てで、標準的な1ロット(取引単位)は25トンである。LMEは現物受け渡し可能な倉庫ネットワークを持ち、取引参加者は将来の価格変動をヘッジできる。LMEによれば、LME公式価格は一次銅・二次銅の商取引やヘッジ取引における国際的な基準価格として利用され、2025年の銅取引量は1日平均17万ロットを上回った。
例えば、鉱山会社や製錬会社は、将来販売する銅の価格下落を避けるため、先物を売ることができる。一方、電線メーカーや銅加工会社は、将来購入する銅の価格上昇を避けるため、先物を買うことができる。LME価格は投機家だけが作る価格ではない。鉱山、製錬、流通、加工という現物産業の参加者が価格リスクを移転する場所でもあるのだ。
LMEには、2営業日後に受け渡す直近物の「キャッシュ(現物)価格」と、3カ月先の価格など受け渡し時期の異なる価格が並行して存在する。このスプレッド(価格差)は、金利や保管費、在庫の入手可能性などを反映する。一般に期近(決済日が近い)の先物価格よりも、期先(決済日が遠い)の先物価格の方が高くなっている状態を「コンタンゴ(順ざや)」、逆に期近が期先より高い状態を「バックワーデーション(逆ざや)」と呼ぶ。特に現物不足が強く意識される局面では、直近受け渡しの銅に高い価格が付き、バックワーデーションが拡大する場合がある。この現象は2026年夏のロンドンで劇的な形で現れた。
◆COMEXが映す米国と投資マネー
銅価格形成のもう一つの中心が、米国のCOMEX(Commodity Exchange)である。現在COMEXは世界大手の金融派生商品(デリバティブ)取引所であるCMEグループ<CME>の一部門であり、高品位銅先物が取引されている。LME銅が主に米ドル・1トン当たりで表示されるのに対し、COMEX銅は米ドル・1ポンド当たりで表示されることが一般的であり、1コントラクト・ユニット(契約単位)は2万5000ポンド(約11.34トン)である。この単位の違いはあるものの、両市場の価格は裁定取引(市場間の価格差を利用した売買)を通じて相互に関連する。
CMEグループは銅先物を、生産者、消費者、投資家が価格変動を管理するための主要なリスク管理手段と位置づけている。COMEXは特に米国市場との結び付きが強く、投資家が銅相場へ参加する代表的な市場でもある。COMEXでは、ヘッジ目的の事業者だけでなく、CTA(商品投資顧問)やヘッジファンド(私募の投資運用会社)、その他の金融投資家も売買する。これらの投資資金は、世界景気や米国の金融政策、ドル相場、インフレ期待などを材料に、ポジション(持ち高)を変化させる。そのため、短期的な銅価格は、市場参加者が数カ月先、数年先の需給をどう予想するかによっても動くことが多い。
◆アジアの価格を決めるSHFEと洋山プレミアム
銅価格を語るうえで、もう一つ見落とせない市場がある。中国・上海のSHFE(Shanghai Futures Exchange)である。SHFEは前身である上海金属取引所が1993年3月に銅の先物取引を開始し、1999年の取引所統合(現在のSHFE発足)を経て、アジア最大級の金属取引所となった。SHFE銅の仕様は、LMEやCOMEXと大きく異なる。1枚(1ロット)は5トンで、価格は人民元/トンで表示される。
LMEとSHFEの価格差も、裁定取引の対象となる。中国が銅を輸入する際には、LMEの価格に上海着のプレミアムを加え、人民元に換算し、13%の付加価値税と港湾費用などを足した輸入コストが生じる。これが上海のスポット価格を下回れば、輸入すれば利益が出る(輸入採算が合う)。この計算が成り立つかが、銅が中国へ向かうかどうかを左右する。
このうち「洋山(ヤンシャン)プレミアム」は、上海の洋山港に到着する精製銅に上乗せされる輸入プレミアムで、中国の輸入需要を映す代表的な指標とされる。2026年9月中旬には、洋山プレミアムが1トン当たり118ドルへ上昇し、約4年ぶりの高水準になったと報じられた。プレミアムが高いと、現物が中国へ引き寄せられやすくなる。
なお、上海の保税倉庫は、LME、SHFE、CMEの倉庫と並ぶ、もう一つの国際的な在庫のたまり場と見られている。保税銅は、中国へ輸入する場合は付加価値税を払うが、それ以外の市場へは比較的容易に運び出せる(再輸出・転売)からである。つまり銅は、ロンドン、ニューヨーク、上海という三つの価格の間を、その時々の価格差を求めて動いている。
◆LME・CME・SHFEの違い
LMEとCOMEXとSHFEでは、取引単位や取引時間など様々な違いがある。取引単位の呼び方は、LMEとSHFEが「ロット(枚、中国語では手)」、CMEが「コントラクト・ユニット」である。1枚の大きさもLMEが25トン、COMEXが2万5000ポンド(約11.34トン)であり、COMEXの1枚はLMEの約45%に当たる。SHFEの1枚は5トンで、LMEの5分の1である。価格の通貨と単位も、LMEが米ドル/トン、COMEXが米ドル/ポンド、SHFEが人民元/トンと異なる。
価格を比較する際は、単位をそろえる必要がある。1トンは約2204.62ポンドであるため、COMEX価格(ドル/ポンド)に2204.62を掛けると、LMEと同じドル/トンに換算できる。
COMEX価格(ドル)× 2204.62 ≒ LME価格(ドル)
SHFEの場合は、さらに為替レートと付加価値税の調整が必要で、概算では「SHFE価格(人民元/トン)÷ 1.13 ÷ 為替レート(人民元/ドル)」で、LMEと同じ税抜きのドル/トンに近づく。ただし、いずれも換算値がそのままLME価格と一致するわけではない。限月(受け渡し月)、受け渡し場所、関税、プレミアムなどの条件が異なるため、両者の間には価格差が生じる。この価格差こそが、裁定取引の主役となる。
取引時間にも違いがある。LMEはロンドン、COMEXはニューヨークを拠点とするため、主要な取引時間帯(コアタイム)が異なる。また、LMEには伝統的な「対面取引(Ring:リング)」が残っているのに対し、COMEX が属するCMEグループは24時間近い「電子取引」が主流である。以下は、両取引所の取引時間を日本時間に換算した比較である。ただし夏時間・冬時間で1時間ずれるほか、夏冬の切り替わるタイミングが欧州と米国で異なる。例えば夏時間(サマータイム)の期間は、欧州で3月最終日曜日の協定世界時(UTC)01:00から10月最終日曜日のUTC01:00までである。一方、米国では3月第2日曜日02:00から11月第1日曜日02:00(いずれも現地時間)までとなる。このため、数週間ほどはCME(COMEX)が夏時間であるのに対しLMEが冬時間(またはその逆)となる時期がある。
SHFEは、昼間(北京時間9:00~15:00、途中に休憩あり)に加え、夜間(21:00~翌1:00)にも取引される。 中国と日本には夏時間がないため、日本時間では昼間が10:00~16:00、夜間が22:00~翌2:00までであり、一年中変わらない。この夜間は、ロンドン時間の14:00~18:00(夏時間。冬時間は13:00~17:00)に当たり、LMEの対面取引「リング」の後半やニューヨークの朝と重なる。海外市場の動きが反映されやすい時間帯である。
図1 取引時間比較表
| 取引所 | 現地時間 | 日本時間(夏時間) | 日本時間(冬時間) |
| LME(電子取引: LMEselect) | 01:00~19:00 | 09:00~翌03:00 | 10:00~翌04:00 |
| LME(伝統の対面取引: Ring) | 11:40~17:00 | 19:40~翌01:00 | 20:40~翌02:00 |
| CME(電子取引: Globex) | 18:00~翌17:00 | 07:00~翌06:00 | 08:00~翌07:00 |
| SHFE 昼間 | 09:00~15:00 | 10:00~16:00 | 10:00~16:00 |
| SHFE 夜間 | 21:00~翌01:00 | 22:00~翌02:00 | 22:00~翌02:00 |
出所:各取引所のホームページより抜粋
※LMEは月曜~金曜。Ringでは金属ごとに5分間の取引(セッション)が行われる。
※CMEは日曜夕方~金曜夕方。月曜~木曜は毎日1時間(米東部17:00~18:00、日本時間の夏時間は06:00~07:00、冬時間は07:00~08:00)のメンテナンス(保守点検)による休止がある。
※SHFEの昼間は、北京時間の10:15~10:30と11:30~13:30が休憩(日本時間では11:15~11:30と12:30~14:30)である。中国と日本には夏時間がないため、日本時間は一年中同じである。
LMEでは、月曜日から金曜日まで、対面取引の場である「リング」が開かれる。銅の公式価格は、午前の2回目の取引(ロンドン時間12:30~12:35、日本時間では夏時間の20:30~20:35、冬時間の21:30~21:35)の終了時点の売り・買いの気配から決まり、世界の現物取引で広く参照される国際的な基準価格となっている。
一方、CMEの電子取引(グローベックス)は、日本時間で月曜朝から土曜朝まで続く。毎日1時間(米東部時間17:00~18:00)の休止を挟むだけで、取引日は1日約23時間動いている。流動性が高まりやすいとされるのは、ロンドン市場とニューヨーク市場が重なる時間帯であり、日本時間ではおおむね夏時間なら21:00~翌01:00、冬時間なら22:00~翌02:00である。上海の夜間取引(日本時間22:00~翌02:00)も、この時間帯とほぼ重なる。(第35回に続く)
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。
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